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清水雅彦の映画評

第0019回 (2005/08/01)
『バス174』〜ブラジルの貧困と警察の実態をえぐり出す

【ストーリー】
2000年6月12日、ブラジルのリオデジャネイロでバスジャック事件が発生。サンドロ・ド・ナシメント(20歳)は拳銃を片手に11人の人質を取り、バス内に立てこもった。警察による立入禁止規制が失敗したため、至近距離からのテレビ中継が全国に生で伝わる。当初、テレビを嫌って顔を隠していたサンドロだが、カメラが回っていることで射殺がないことに確信を持ち、積極的にカメラに向かって警察批判をし始める。自分はカンデラリア教会虐殺事件(1993年のリオでの警察官によるストリート・チルドレン7名の虐殺事件)の生き残りであると。サンドロはライフルと手榴弾を要求し、要求が受け入れられないと人質を殺すと叫び、実際に人質に向かって発砲。その後、サンドロは人質を盾にバスを降りて交渉を試みようとするが、警察のミスにより悲劇が……。


【コメント】
まず冒頭のリオ上空からの空撮に目が釘付けとなります。山の斜面に「へばりつく」密集したスラム街。その山を越えると、プール付きの高級住宅街が。この歴然とした貧富の差があるリオで、実際に起きたバスジャック事件の一部始終を伝えるテレビ映像を流しながら、ところどころに関係者の証言を挿入して事件に迫ります。証言者は、警察の人質交渉官、発言を禁じられた特殊部隊隊員、テレビカメラマン、人質、元路上生活者、ソーシャルワーカー、社会学者、虐殺事件の生存者、看守、サンドロの叔母と母親役など。これらの証言により、事件の背景やサンドロの人間像が浮かび上がってきます。

その事実とは何か。ブラジル社会が目を背けてきたストリート・チルドレンと権力機関の実態です。やむなく路上での生活を強いられ、社会から蔑まされるストリート・チルドレン(信号待ちの車の前で、曲芸を披露してお金を得ようとする姿がなんともいえない)。貧困生活から抜け出すためにこの職を選んだという警察官。寝ているストリート・チルドレンの頭の上に大きな石を落として殺す大人。子どもたちを暴力的に扱う少年院。定員の3,4倍も収容する刑務所。そして、警察の暴力……。サンドロは、幼少時に父親が行方不明となり、母親が目の前で殺され、ストリート・チルドレンに。カンデラリア事件、少年院での虐待、職を得ることの困難さなどを経験して変わっていきます。

しかし、彼は芯から凶悪な人間ではありませんでした。叔母や母親役に見せた純情さや優しさ。バスジャック事件では、彼は人質を殺す気はなく、人質殺害を演じたり、人質にも演技を要求していたのです。だから、最後に彼はバスを降りて交渉しようとするのですが、警察のミスにより人質に犠牲が。逮捕されたサンドロは、裁判にもかけられず、連行中に警察官たちによって殺されてしまいます(その後、彼らはサンドロ殺しで裁判になるものの、陪審で無罪とされ、今も警察官として働いている)。

ところで、今、日本では「治安の悪化」に対して、「犯罪機会論」に基づく監視カメラと市民相互監視で犯罪を減らそうとしています。しかし、これは息苦しい監視社会になるだけで、根本的解決にはやはり犯罪原因論に基づく対策が必要なのではないでしょうか。また、私の地元の話ですが、1999年以降の一連の「不祥事」(多くは犯罪)を起こしてきた神奈川県警が、ここにきてまた盗撮、ドリフト走行、勾留女性の出所祝い、自転車盗などの「不祥事」を続けています。某経済学者は「手鏡事件」で逮捕・起訴され、職も失いましたが、この盗撮警官5人は逮捕・起訴されず、依願退職(懲戒免職ではない!)。日本で必要なのは、「安全・安心な警察づくり」と犯罪原因の探求でしょう。

この37歳の映画監督は、次回作として警察問題を考えているそうです。私たちももっと社会的弱者に目を向け、警察批判をしていかなくてはなりません。



2002年ブラジル映画
監督:ジョゼ・パジーリャ
配給:アニープラネット
提供:アスミック・エース エンタテインメント
後援:ブラジル大使館、アムネスティ・インターナショナル日本
上映時間:1時間59分
京都みなみ会館にて8月5日まで、シネマテークたかさきにて8月13日から上映
http://www.bus174.jp/

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