ひろば 2017年4月

 扇動罪が大手をふる危険


 2017年3月27日に2017年度税制改定法が成立した。警戒すべきは、国税通則法(通則法)に国税犯則取締法(国犯法)が混入されたことによる税務行政の変容である。
 通則法は国税の基本的事項を定めた一般法である。通則法は、2011年11月30日に改定され、それまで、各個別税法(所得税法、法人税法、相続税法、消費税法等)に設けられていた税務調査(調査)の規定は、すべて通則法に規定された。この改定は、抜打ち調査の容認、帳簿等の提出強制、提出物件の留置規定など、納税者を抑圧する規定を盛り込んだものであった。
 とりわけ17年度改定で危険なのは、通則法に次の「申告・徴収・納付扇動罪」(扇動罪)規定を創設したことである。扇動罪の先行規定は国税犯則取締法(国犯法)22条であるが、国犯法は17年度税制改定で廃止になった。

 〔国税通則法126条〕納税義務者がすべき国税の課税標準の申告(その修正申告を含む。以下この条において「申告」という。)をしないこと、虚偽の申告をすること又は国税の徴収若しくは納付をしないことを扇動した者は、3年以下の懲役又は20万円以下の罰金に処する。2 納税者がすべき申告をさせないため、虚偽の申告をさせるため、又は国税の徴収若しくは納付をさせないために、暴行又は脅迫を加えた者も、前項と同様とする。

 本罪は、納税義務者に申告怠慢、虚偽の申告、不徴収、不納付を扇動すること(1項)、申告不履行、虚偽の申告、不徴収、不納付を目的に暴行・脅迫を加えること(2項)を構成要件としている。
 扇動罪の裁判例としては、喫茶店に置いた「平和のために再軍備の徴税に反対しよう」というビラが扇動罪に問われた事件がある。最高裁は「その文書を他人において現実に認識又は了解することを必要とせず、他人によって閲覧され得るような状態におくを以って足りる」と扇動罪を認めた(最高裁第一小法廷、昭和29年5月20日、〈裁判官〉入江俊郎、真野毅、斎藤悠輔、岩松三郎)。
 非民主的な税制、軍備拡大、格差と貧困などの矛盾の激化を覆い隠すために治安立法が登場する。応能原則の実現、消費税をなくせ、福祉に税金をまわせ、などの運動が、支配者からみれば治安の乱れである。戦後日本の政治過程において治安立法が強化されるのは、国民の運動の発展にともなってであった(たとえば1952年に施行された破壊活動防止法)。治安立法の基本的特質は、警察が司法警察権でなく、行政警察権・課税権(行政警察権)を中心に据えることである。
 司法警察権は、犯罪が行われた場合に犯罪者を捜索し、これを司法機関に送ることを任務とし、刑事訴訟法にしたがって動く。この場合、あくまで、犯罪が発生した後に警察権が介入する。これに対して、行政警察権は、犯罪捜査ではなくて、犯罪予防に重点を置く。犯罪が行われていない段階で、一般市民や自主的な団体を対象として動く。予防行政警察権は、まだ犯罪が発生していないのに、将来その人が罪を犯すかもしれない、だからそれを予防するといって介入してくる。
 犯罪が行われていないのに取り締まるということは、具体的行為がないのであるから、人間の思想に目を向ける。国家の目からみて悪い思想を持つこと自体が犯罪の温床と見られる。いい思想と悪い思想の区別の基準は国家権力が握る。国家権力はいいと思う思想を国民におしつけ、悪い思想を犯罪として取り締まる。
 上記「扇動罪」の危険なことは、脱税を犯すかもしれないから見張ってやるといって、納税者のなかに警察官や調査官が入ってくる点である。そうなると、犯罪と関係ない納税者が、警察権・課税権の監視、介入の対象とされる。これが今次通則法改定の特色である。

(立正大学法学部客員教授(税法学) 浦野広明)


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