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清水雅彦の映画評

第0067回 (2006/09/19)
『X-MEN:ファイナル ディシジョン』〜マジョリティとマイノリティの関係を問う映画

人類との共生を目指すミュータントのプロフェッサーX(パトリック・スチュワート)と彼が率いるX-MENに、ミュータントを普通の人間にする新薬「キュア」の開発が知らされる。一方、人類を敵視するミュータントのマグニートー(イアン・マッケラン)は、ミュータントのテロ組織ブラザーフッドに反社会的ミュータント集団やミュータント犯罪者を取り込んで、「キュア」の研究所を襲撃。これに対して、ウルヴァリン(ヒュー・ジャックマン)やストーム(ハル・ベリー)らX-MENが闘うことになり……。

本作品は『X-MEN』3部作の完結編。原作は1963年登場のコミック、監督は1・2作目がブライアン・シンガーで、本作品はブレット・ラトナー。遺伝子の突然変異で特殊能力が備わったミュータントと、彼・彼女らを差別・迫害しがちな人類の話。シンガー監督は、ミュータントをアメリカ社会のマイノリティと捉え、プロフェッサーXをキング牧師、マグニートーをマルコムXのイメージで作成しましたが、ラトナー監督もその枠組みを引き継いでいます(マルコムXを悪役にするのは少し納得がいきませんが)。

『X-MEN』が単なる娯楽作品ではないのは、特殊な能力を有するミュータントたちがその能力故に悩む姿を描いている点です。親から引き離された子どものミュータントや2作目で明らかになるウルヴァリンの過去が悲しい。さらに、特殊なミュータントと多数派の人類は敵対すべきなのか、共存すべきなのかを問います。

『X-MEN』における人類とミュータントは、アメリカ社会の白人と黒人、健常者と障がい者、異性愛者と同性愛者の関係でもあるのです。しかし、多数派が「正常・正統」で少数派が「異常・異端」だなんて、なぜ言えるのか。「キュア」開発で揺れる子どものミュータントに、ストーム役の黒人(厳密には「混血」)のハル・ベリー(相変わらず美しい!)が、そのままの自分でいていいんだよと接するシーンが特に胸を打ちます。

2006年アメリカ映画
上映時間:1時間45分
http://movies.foxjapan.com/x-menfinal/
全国各地で上映中

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