No.204の記事

新しき年の初めに

明けましておめでとうございます。
今年もどうぞよろしくお願いします。

年の初めのしきたりに従ってご挨拶を申しあげるが、実は少しもおめでたい気分ではない。師走選挙の惨憺たる結果が重苦しく、気の晴れることがない。日本国憲法が危うくなっている。憲法の危機は、平和の危機であり、人権と民主主義の危機でもある。

安倍自民が単独で獲得した議席数が294、石原・橋下の維新が54、みんなが18である。この積極改憲派3党の議席総数は366に及ぶ。これに、自民と連立を組む公明の議席31を足せば397。改憲勢力の衆院議席占有率は83%にもなった。改憲発議要件の「3分の2」を大きく上回っている。「あら、めでたやな」などと暢気なことを言っておられる場合ではない。

とはいえ、選挙結果は議席数だけで評価すべきものではない。むしろ、民意の所在や変化を推し量るには、各政党が獲得した得票数の増減が重要だと思う。そのような観点で選挙結果を眺めると、少し違った景色が見えてくる。

自公政権の新自由主義的構造改革路線が甚だしい経済格差と貧困を生みだし、社会の安定性を欠くまでにいたって人心は自公政権を見限った。その結果が、前回2009年夏の総選挙の結果に結実して、「コンクリートから人へ」のスローガンを掲げた民主党を政権の座に押し上げた。ところが、政権の座についた民主党はその期待に応えることなく、国民を裏切った。その裏切りの報いが今回の選挙結果となって、民主党の惨敗となった。これが、巷間の定説である。

選挙民の投票行動は、小泉劇場を舞台とした郵政選挙(2005年)で自民党に走り、一転してマニフェスト選挙(2009年)で民主党に向かい、今回の自爆解散による総選挙(2012年)で自民党に戻ったかの印象を受ける。議席の推移からだけだとそうなるが、しかし、実は今回、民主党から自民党への票の回帰はなかった。自民党政権は、見かけほどに強くはないのだ。この点の見定めが肝要である。

2009年夏の第45回総選挙において、民主党が獲得した比例代表区での総得票数は、3000万票である。圧倒的なこの票数は、当時の民意の所在を示すものであったといえよう。今回の第46回総選挙での民主党得票数は1000万票を割った。前回民主党投票者3000万人のうち2000万人に見限られたのである。

では、その2000万票は、どこに移ったか。もちろん正確には詳細なサンプル調査の分析を待たねばならないが、おおよそには次のように考えて大きな間違いはないと思われる。
まず、1000万票が消えた。今回選挙の投票率は前回選挙に比較して10%低下し戦後最低なった。有権者総数1億人の10%は1000万人。その多くが、前回民主党への期待を込めての投票者であったことが想像に難くない。

その余の1000万票は自民党に回帰したか。否である。自民党も得票数を減らしている。自民党の過去3回の比例得票数の推移は、2100万票(44回)→1900万票(45回)→1700万票(46回)と、着実に票を減らし続けている。今回も、民主党から離れた票の受け皿とはならず、200万票を減らした。なお、公明も民主党離れ票の受け皿とはなっていない。公明の過去3回の比例得票数の推移は、900万票(44回)→800万票(45回)→700万票(46回)と、こちらも着実に票を減らしている。自公政権への国民の評価は、以外に厳しいといわねばならない。

では、前回の民主党投票から離れて今回棄権しなかった有権者はどこに投票したか。その先の多くは維新である。民主党離れの2000万から今回の棄権者数1000万を差し引けば1000万票、これに前回の自民票から流出した200万票を足せば1200万票。この数字が今回維新の獲得票1200万票とぴたりと符合する。

つまり、前回民主党に投票した3000万票は3分されて、今回の投票行動は、
(1) 1000万票は律儀に民主党に再投票した。(あきらめず、民主党支持にとどまった)
(2) 1000万票は棄権票となって消えた。(政治への期待を失った)
(3) 1000万票は維新に移った。(あきらめきれず、今度は維新に望みを託した)
と別れたと見てよいのではないか。未来に行った票もあるはずだから、以上は大まかなところだが、当たらずといえども遠からずだと思う。

この票の動きから、何が読めるだろうか。
(1) 前回2009年総選挙で民主党への政権交代をもたらした「民意」とは、若干の自民固定票からの流出分(300万)票と、普段は投票意欲の高くない有権者層が大挙して投票所に出かけたことによるもので、その総数は900万票である。
(2) その「民意」は今回完全に民主党から離脱し、投票率低下の原因となった。
(3) 前回2009年選挙で自民から離脱した「民意」は今回自民支持に復帰していない。
(4) 今回の維新票1200万の多くは、前回民主党に投票した有権者である。

郵政選挙まで自民にとどまっていた有権者の民意は、いったん民主に向かって政権交代を実現したが、民意を裏切った民主から離れて、自民には戻っていない。にもかかわらず自民が圧倒的多数の議席を獲得したのは、小選挙区制のマジックにすぎない。有権者の自民離れの傾向は一貫して継続しており、民意はけっして自民の政策を支持してはいない。今回の自民の「大勝」は、有権者の積極的支持によるものではない。

前回政権交代を実現させた「民意」は、今回大量の棄権票と、維新票とに分かれた。ともに失望の意思表示と理解される。安倍自民を右翼政党といえば、石原・橋下の維新は極右というほかはなく、中道・民主から極右への1000万票の流れは軽視し得ないが、その投票行動の主たる動機は、裏切り民主への失望と懲罰とであろう。

とすれば、「絶望の事態」などと大袈裟にいうべきではなかろう。わが国の有権者が、自民の政策を批判して3000万票を積み重ねた実績をこそよく見るべきで、民主が地道にマニフェスト遵守の姿勢を示していれば、自民の政権復帰はなかったと考えられるのだ。国民の投票行動は、国民意識の右傾化の産物であるよりは、政権政党に対する期待と失望によって左右される。安倍自民の基盤は脆弱と見るべきである。

今、自民は小選挙区制の恩恵で政権を樹立し維持している。維新はまだ大きな失敗を見せずに命脈を保っている。しかし、自民も維新もいずれ馬脚を現す。税制にしても、社会保障にしても、雇用も、原発も、TPPも、オスプレイも、そして教育においても、国民に真の利益をもたらすものではないのだから、そうならざるを得ない。

多くの人々が自公政権に期待して裏切られ民主にすがり、次いで民主の裏切りに憤って今回選挙では棄権しあるいは眉に唾つけつつ維新に期待の一票を投じた。そのような人々が、理性ある語りかけに耳を貸さないはずはない。平和の尊さ、偏狭なナショナリズムの愚かさ、雇用創出の方法、人権の大切さ、立憲主義の何たるか、原発に頼ることの危険、そして教育の自由について‥。とりわけ、民主党に期待し政権交代を実現させた3000万人の人々の善意を信じて語りかけ、語り続けなければならない。

私も微力ながら、新たな年の初めに何ごとかを語ることをはじめたい。自分も学びながら、考えながら。