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2005年02月01日(火)
参議院公聴会での公述応募  

参議院の憲法調査会が公聴会の公述人を公募している。締め切りは2月4日。採用された場合の公述日は2月21日。くじ運に自信はないが、ともかく応募してみよう。

というわけで、私の応募メールを掲出しておこう。皆様もどうぞ。
公募要領のホームページは以下のとおり。
http://www.sangiin.go.jp/japanese/kenpou/topics/topics1.htm
応募宛先のメールアドレスは  sankenpou@sangiin.go.jp

参議院憲法調査会公聴会での公述を希望します。
■ テーマ
  今後の日本と憲法について
■意見を述べたい理由
  憲法の「改正」は、日本の平和・民主主義・基本的人権擁護を危うくするものです。ぜひ改憲の手続きを思いとどまっていただきたいと願うからです。
■意見の要旨(800字程度)
  日本国憲法は、大日本帝国憲法の失敗をリアルに認識し、これを真摯に反省するところから出発しました。ところが、今その反省が忘れられ、戦前と同じ間違いを繰り返すことになりはしないかと心配でなりません。
  旧憲法では、主権は天皇にあるものとされ、国民は統治の客体としての「臣民」でしかありませんでした。国の目標は、国民の福祉を増進することではなく、富国強兵・国威発揚だったのです。そのうえ、言論は統制されて国策への批判は封じられ、教育は国家が望む人間作りの手段とされました。その結果が近隣諸国への侵略戦争であり、加害被害両面の戦争の惨禍でした。
  こうして、事実上いったん滅びた日本は、まったく正反対の原理と価値体系をもってその失敗から再生しました。平和主義・民主主義・人権尊重などの現行憲法の理念はバラバラに存在するのではなく、緊密に関連しています。政教分離、教育権、司法の独立などとも一体としてある日本国憲法の理念ををゆるがせにしてはなりません。
  その理念に照らして現実はどうでしょうか。軍隊の存在は既成事実化し、歯止めのない装備の高度化が進行しています。海外派兵までが現実となり、武器輸出三原則の見直しや、集団的自衛権行使の必要が語られています。政府を批判する言論は、些細なことでも刑事罰の対象となる現実があります。教育における行政の支配に抗する教員には苛酷な懲戒処分が強行されています。再び、国策批判の言論を封じ込めて、国の支配による教育を強行することによって、軍備や戦争に慣らされた国民が作られようとしています。
  このような事態での憲法「改正」は、日本を「歴史的な失敗の道」に本格的に踏み込ませるものにほかならず、どうしても反対せざるを得ません。
■お名前(ふりがな)
  澤藤統一郎(さわふじとういちろう)
ほかに、住所・年齢・性別・職業・電話・ファクス・Eメールアドレス


2005年02月02日(水)
小林靖夫兄を悼む

突然の訃報が届いた。小林靖夫さんが亡くなったという。あの人なつっこい笑顔が目に浮かぶ。本当にもう、この世にないのだろうか。

コバちゃんこと小林さんは、エールフランス日本支社の従業員であり、労働組合の委員長だった。世が世であれば、いやエールフランスがもう少しまともな企業体であれば、あるいは彼がもう少し世渡り上手でさえあれば、間違いなく支社の最高幹部となっていた人。フランス語の達人で、人品人柄申し分のない人だった。気骨があったばかりに徹底的に差別され、出世とは無縁の人生を送った。が、いつも明るさを失わなかった。

私は、東京の大田区で弁護士となった。もう30数年も前のことだ。そのころはまだ、羽田が外国航空の発着空港で、生きのよい外航労働者の労働運動が活発だった。新米弁護士は羽田空港の運動現場のそのまた最前線で鍛えられた。そのような組合の一つが、エールフランス労組だった。会社が、東京籍の客室乗務員全員をパリに移籍させるという提案をし全員が拒否した。会社は乱暴にも全員のクビを切った。無茶苦茶な会社と渡り合った労働組合の若き委員長がコバちゃんだった。これを支えた若い若い弁護士が私。法廷闘争は全面勝利。職場でも組合は勝った。

しかし、その後会社は労働組合を切り崩した。会社の意を受けた労使協調派が組合執行部を握り、使用者からの独立を標榜する旧執行部派を徹底して差別した。会社と労働組合執行部が一体となって暴力行為にまで及んでいる。この潮流間差別の中で、プライドを保った人々が抵抗を続けた。私が盛岡にいたころが、差別の最盛期。そしてコバちゃんは都労委への不当労働行為救済申し立ての先頭に立った。都労委では勝利和解だったが、そのころに定年を迎えた。あれから6年ほどになるだろうか。

オーイ、小林さんよ。人生とは何だ。生き甲斐とは何だ。何のために何を求めての人生なんだ。うまく立ち回ることもできたのに、あなたはどうして会社とくっつかなかったんだ。あなたが人生に求めたものはなんだったのか。
生前にはそんな会話は照れくさくてできなかった。でも、問いただしてももう手遅れだ。


2005年02月03日(木)
再発防止研修は良心への拷問  

本日、都教委を被告とする服務事故再発防止研修命令取消訴訟の法廷に渡辺厚子さんが立った。原告の一人として、交代した新裁判長に対して、「日の丸・君が代」を押しつけられた立場からの精神的苦痛を切々と述べた。

渡辺さんは都立の養護学校教諭。ハートが鎖に縛られて涙を流している図柄のブラウスを着用して卒業式に臨もうとしたことがある。校長がこれを見とがめ、上着着用の職務命令違反を問われた「ハートブラウス事件」の原告でもある。

よく通る声で、経過を説明したあと、渡辺さんはこう結んだ。
「懲戒処分が良心への処刑であるなら
 再発防止研修は良心への拷問です。
 ぜひ、裁判所は良心の番人になってください」

服務事故再発防止研修とは、非行あった教員に対して、反省を求める研修である。飲酒運転を行った教員、セクハラをおかした教員に反省を求めるというなら分る。しかし、自己の良心にしたがって処分された教員にいったい何を反省せよというのか。良心を捨てよ、ということと同義ではないか。処分こそ違憲違法と争っている教員に対して、セクハラと同じく「反省せよ」と迫ることは屈辱を与えること以外の何ものでもない。

宗教上の理由で不起立を通したものに反省せよと言うのは改宗を迫ること。歴史観・社会観に基づいて日の丸・君が代を拒否した者には、転向を強要すること。そして、教育者の良心に従って「日の丸・君が代」強制に屈することができないとした教員には、教員としての良心を捨てよと言うことなのだ。これが、石原慎太郎流「教育改革」の実態。

とは言え、これを拒否すればさらなる処分が待っている。良心を貫いて処分を甘受するか、処分を避けるために良心に妥協するか。二律背反の「良心の拷問」をやめよ、良心の痛みに慰謝料を支払え、というのがこの訴訟なのだ。

良心を貫くことにこだわる教員の訴えに耳を傾けてもらい、裁判官の良心に期待したい。


2005年02月04日(金)
斎藤一好さん、戦争と平和を語る  

日民協の理事会。最初に常任理事のお一人である、斎藤一好さんのお話を聞いた。先輩弁護士の中には陸士・海兵の出身が多い。斎藤さんも海軍兵学校出のひとり。しかも、とびきりの成績だったという。世が世であれば、どうなっていたか‥。戦後60年にして戦前回帰の雰囲気に包まれた今、斎藤さんは貴重な語り部だ。かつては戦争のまっただ中にあり、戦後は平和のための人生を貫いた方。以下、お話の要約。

私は、太平洋戦争の開戦を連合艦隊の旗艦「長門」の艦上で迎えた。当時海軍少尉。それまでの海軍の教育では、「日本がアメリカに勝てるはずはなく、対米戦争はあり得ない」「東條という人物は小心者で戦争などできない」というものだったから、正直驚き覚悟もした。小心翼々のゆえに力を過信し誇示して暴走するあたりは、ブッシユは東條によく似ていると思う。

当時の時代の雰囲気は、国民全体が戦争に酔っていた。北原白秋、土岐善麿、窪田空穂など皆戦意昂揚の歌を詠んでいる。与謝野晶子もそうだ。最晩年だが、「強きかな天を恐れず地に恥ぢぬ戦をすなるますらたけをは」と残している。「君死にたまふことなかれ」と対比されたい。

私は、連合艦隊の旗艦が「大和」に移ったあと、その甲板で行われた図上演習に立ち会ったことがある。シミュレーションが進行すると、日本の敗北が明らかとなった。すると、参謀総長の宇垣纏が「まった」をかけた。「今の敗北は、日米の戦闘機パイロットの技量を1対1に想定したからだ。これを3対1にしてやり直せ」。その結果日本軍の勝ちとなった。待ったをかけられる図上演習ならではの話‥。

その後私は、戦史に著名な駆逐艦「雪風」に移り、その水雷長になった。印象に残るのはガダルカナル撤退作戦。戦争の悲惨さ残酷さを見せつけられた。ここで、撤退作戦の対象となった負傷兵は小康を得た後インパールに送られている。ガダルカナルの敗戦を隠すための非人間的な処置だった。
ダンピール海峡沖海戦も悲惨だった。護送対象の輸送船団は全滅、護衛の駆逐艦も8隻中4隻沈没という完敗だった。

そして、マンモス潜水艦イ400の乗員として敗戦を迎えた。米軍に拿捕され初めてアメリカ人の顔を見た。短い捕虜の生活で接したアメリカ人の中に、ハーバードのロースクール生がいた。彼とのふれあいが、その後弁護士を志望する一因となった。

戦争の悲惨、非情と愚かさをイヤというほど味あわされ、九死に一生を得た私は、二度と戦争を起こさないために、その余の人生を役立たせたいと考えるようになった。

私は、昭和天皇の責任を免じようとする半藤利一や阿川弘之の言には与することができない。とりわけ、近衛からの早期戦争終結の上奏に対して、国体護持にこだわった天皇が終戦を長引かせたことについて責任は重いと考えている。また、海軍善玉・陸軍悪玉論というのも信用してはいけない。

けっして戦争を美化してはならない。若い人々に戦争の体験と平和の尊さを伝えていきたい。それが、戦争を体験した者の努めだと思っている。


2005年02月05日(土)
NHK番組改変問題記者会見  

NHK番組改変問題に危機感を持つ弁護士が、「報道,表現の危機を考える弁護士の会」を立ち上げ、1月31日「『NHK番組改変』問題に関する弁護士声明」を呼びかけた。その呼びかけ人に名を連ねたのが20人。2月4日午後に賛同者317名を得て記者会見を行った。その席での私の発言。

「呼びかけ人や賛同者に共通しているのは、時代に対する危機意識ではないでしょうか。改憲の動きが進行し、自衛隊が海外に派兵する時代。また、NHKは「大本営発表」を繰り返すことになりはすまいかという危機意識。

民主主義とは世論による政治ですが、正当な世論の形成には教育と報道が決定的に重要です。極言すれば、教育と報道のありかた次第で世論の誘導はいかようにも可能となる。裏から見れば、間違った教育、間違った報道が横行する社会には民主主義の前提が欠けることになります。そんな社会には正しい世論はなく、選挙や政府の正当性がない。

教育と報道、今それが二つながらおかしくなっている。石原都政下の教育は無茶苦茶だし、今度は、公共放送が右翼政治家の許容する範囲内でしか番組を組めないことが明らかとなった。

民主主義の前提にある報道の自由とは、時の権力から憎まれる内容の報道をする自由でなければならない。権力者側・多数派が好ましくないとする内容の番組を報道する自由でなくては意味がない。安倍・中川の両氏はそのような民主主義や人権の基本を理解していない点で、著しく議員としての資質に欠けるものと指摘せざるを得ません。NHKともども反省していただきたい」

まったく偶然だが、この日記者会見に立ち会った8人の声明呼びかけ人弁護士のうち、梓澤、中山、児玉、宇都宮と私の5人が同期の仲間。皆それなりによくしゃべる。お互い「人は変わらないもの」と感慨しきり。

その日の夜、日民協の理事会でやはりNHK問題での声明を採択した。弁護士有志の声明と日民協の声明、当然ながら二つは別物。重なり合うところもあるが違いも大きい。日民協の声明は、近々ホームページにアップの予定。


2005年02月06日(日)
NHKの受信料は支払わなくてはならないか  

よいことをしたらご褒美、悪いことにはお仕置き、これが躾の大原則。
国民の知る権利をないがしろにしたNHKには、真摯な反省あるまでの断固たるお仕置きが必要だ。お仕置きと言えばなによりも経済制裁。北朝鮮への経済制裁はさしたる効果はなさそうだが、NHKへの経済制裁は効果絶大である。

「NHKが良質な番組を放送する限りにおいて受信料を支払う。しかし、NHKが公共放送本来の使命を全うしていなければ受信料は支払わない」という考え方は法的な根拠を有するものである。以下、受信料支払い義務についての法解釈私見。

NHKの設置基準を定めるのが放送法。その32条1項は「協会の放送を受信することのできる受信設備を設置した者は、協会とその放送の受信についての契約をしなければならない」という。受信料支払いは、税金のような公法上の義務ではなく、飽くまでも私的な受信契約締結の効果としての義務なのである。契約なら、本来は私的自治・契約自由の領域の問題。契約締結の有無は常識的には視聴者の意思次第なのだが、契約締結が義務づけられているところに類例のない奇妙さがある。もっとも、契約締結拒否についての制裁条項は一切なく、視聴者の契約締結意思表示を擬制する条項もない。したがって、法はNHKが国民の信頼を得て、視聴者の任意の協力で受信契約が締結される事態を想定しているものと言えよう。

したがって、視聴者が受信契約締結を拒否した場合には、NHKにおいては契約未締結視聴者を被告とする訴訟で直ちに支払いを求めうることにはならない。考えられる法的手段は、契約締結の意思表示を命じる判決を得ることくらい。しかし、したくもない意思表示を判決で命じることができるだろうか。憲法19条との関係で問題がある。受信契約締結前の視聴者に受信料支払いを法的に強制することは事実上不可能だろう。

では、いったん受診契約を締結した者が、NHKの姿勢に怒って支払いを停止することは法的に可能だろうか。結論として、私は「然り」と考える。

民法上の一般原則に従って受信契約を考える。これは双務契約で、視聴者側の債務は単純な受信料支払い義務である。問題は、NHK側の放送提供義務。これは、ともかく電波を流して何らかの番組を放送しておきさえすれば義務履行があったとされるものではない。NHKには憲法・放送法の理念に基づいて番組を作成し、国民の知る権利に応えた報道番組を放送する義務がある。公共放送という民主主義にとって極めて重要な地位に相応した義務であり、専門家責任を負う立場にもある。

医師は患者との診療契約において診療債務を負担する。診療債務の内容は「患者の安全のために最善を尽くすべき最高度の注意義務」である。「最善注意義務」「万全注意義務」と言われる。医師は、患者の生命や健康という重大な価値にかかわる業を独占して行うががゆえに最高度な注意義務を課せられる。同様に、NHKは国民の知る権利に応えるべき最高度の注意義務を負う。NHKは民主主義や我が国の将来をも左右する立場にあるがゆえにである。

受信契約が締結されていて、何の理由もなく受信料不払いなら債務不履行で、約款による年12%の遅延損害金を付して支払わねばならない。しかし、NHKが放送法の理念にのっとった放送をしていないから、となれば話は別。同時履行の抗弁で支払いの拒絶も可能、損害賠償も可能、債務不履行による契約解除も可能ということになる。

放送法は、目的に「放送による表現の自由確保」「健全な民主主義の発達に資する‥こと」(1条2・3号)を掲げ、「放送番組は、‥何人からも干渉され、又は規律されることがない」(3条)と定める。安倍晋三や中川昭一など右翼政治家のご機嫌を取りながらその威に屈して番組を改変し、しかもこれを反省しないというのだから、NHKの債務不履行である。視聴者が、このような事態でも、唯々諾々と受信料を支払わなければならないという理屈はない。


2005年02月07日(月)
W杯対北朝鮮戦に望む  

サッカーには、とんと興味がない。ワールドカップとはオリンピック以上の規模のイベントなのだそうだが、ボールのケッコロガシがどうしてそれほど人を惹きつける魅力があるのか理解できない。

人それぞれなのだ。格闘技に血道を上げる人もいる。チェスこそ人生を投入するに足りる最高のゲームだと考える人もいる。クリケットが一番、セパタクローこそ‥。世の中は多様なればこそ面白い。

但し、スポーツに国家が絡むととたんに鼻白む。うさんくさくなるのだ。ナチスがベルリン五輪を国威発揚の場にしたように、スポーツはナショナリズム昂揚に利用可能だ。冷戦時代の東側のステート・アマには違和感を禁じ得なかった。西側も大同小異。企業の宣伝のために走る選手の方がまだ罪は小さいか。

いつからか、私は国際試合で日本を応援するという気持ちを全く失った。日米対戦なら日本を応援するが、日韓なら断然韓国にエールを送る。だいたい、小国が贔屓なのだ。あるいはスポーツ後進国。ジャマイカが冬季オリンピックに出場すれば、文句なく応援する。日本にこだわる気持ちは全くない。古橋や橋爪、そして力道山の活躍に熱狂して声援を送ったのは、日本人が国民的コンプレックスをもっていた時代のなせる業。今、それがなくなったことをありがたいと思う。(当時は力道山が朝鮮人だとはまったく知らなかった。知っていたら、複雑な気持ちだったろう)

ワールドカップ・アジア予選での、日本と北朝鮮の試合が話題となっている。明後日の埼玉スタジアムは、3400人の警備態勢だそうだ。「約5000人が応援する在日朝鮮人と日本サポーターが衝突を避ける対策を講じ、観衆入場時には、金属探知機による手荷物検査を実施する」(毎日)そうだ。スポーツの国際試合には、模擬戦争の一面がある。ナショナリズムを過剰にあおり立て、両国間に離反の国民感情を作りかねない。サッカー協会には、サポーター同士の衝突が起こりかねないという、不穏な危機感があるようだ。

しかし、この試合はマイナスの効果だけではあるまい。同じルールでゲームをする相手チームが、鬼でも蛇でもない同じ血の通った人間だということを認識する機会ともなるだろう。日本の観衆は、北朝鮮2200万人の国民がみな金正日と同じ顔をしているわけでもないという、あたりまえのことを再認識することになろう。北側のチームや観衆も同じこと。日本人の大多数が、けっして天皇制政府の弾圧者の心情を持ち続けている差別主義者ではないという、これも当然のことを理解するだろう。交流は、相互理解の基本である。今度の国際試合は、貴重な交流のチャンスだ。情報と人と物と、そして資本が行き来するようになれば、あのような不自然きわまりない北の体制が保つはずがない。

そのようなプラスの効果を期待したい。そうでなければ、国際試合の意味はない。


2005年02月08日(火)
あ、いいな。フォンテーヌブローの学校    

池澤夏樹さんが沖縄を出てフランスに移住した。パリ郊外のフォンテーヌブロー。彼の地から優しいメッセージを送り続けている。子どもを現地の学校にやって、心地よいカルチャーショックを受けているようだ。あ、いいな、こんな学校。高橋哲哉さんも、子どもをフランスの学校に通わせて、似たような印象をもったようだ。私もこんな学校に我が子を通わせたかった。石原教育行政下の公立学校なんか、まっぴらごめんだ。その対極ある学校の姿がまぶしい。1月30日付のメルマガを一部引用、紹介させていただく。
なお、原文は、http://www.impala.jp/ikoku/index.htmlで読んでいただきたい。

「うちの子供たちの学校は私立だが、父母立のような一面があって、父母会の権限がとても大きい。‥どうも父母会には予算を承認する権限まであるらしい。学校側は学費の必然性を具体的に説明し、経済的負担を増やさないで教育の質を維持するために親たちもいろいろ知恵を出し、労力も出す。その相談だからこそ議論が白熱することになる。

遡れば、ここは1972年に外国語教育を重視する学校が欲しいと願った親たちが創立したところで、だから父母立に近い性格になるのは当然とも言える。理事も父母たちが立候補し、選挙を経て決まる。

3か月ほど通わせての印象は、実によく子供を見てくれるということ。うちの子たちはフランス語も英語もまったくできない。従って、そもそもこの学校へ通うことが可能なのかという危惧があったわけだが、今のところは何もわからないままに楽しく通っている。

‥おそるおそるその問題を切り出すと、若い女性の校長先生はあっさり言った——「面接はしません。うちは子供を選びません」。その後わかったのだが、校長先生と言ってもどうも持ち回りに近い地位らしい。一事が万事、こういう校風である。先生たちは熱心で、今年はこういうことをしますとか、子供がこういう風に変わりましたとか話すその口調に、この仕事をしていて本当に嬉しいという思いがあふれている。

フォンテーヌブローのここは特別な学校かもしれないが、それでもこのような自由な教育を国が邪魔しないとは言えるだろう。この学校はこれでちゃんとフランス政府の教育要綱に準拠しているのだ。

日本にだって熱心な教師はいるし、熱心な親もいるけれど、彼らの熱意と創意を制度が阻む。だから日本でシュタイナー教育を実践する学校を作るのは容易でない。その一方で今は教育基本法を変えて国家に役立つ国民を作るなどという動きまである。それでなくとも日本の教師は生徒を見る以上に上を見ているという印象で、上が焦って方針を変えるたびに現場は混乱し、生徒は取り残される」

民主主義の成熟度は教育制度や学校の運営に端的に表れる。その教育のあり方が、また民主主義の成熟度を決める。良好なスパイラルを描けるか、悪循環に陥るか。
人任せでなく、手作りの学校。国家ではなく、人間を尊重する教育。唾棄すべきは管理と統制。あらまほしきは自由と自律。その実現のために力を惜しんではならないのだと思う。次の世代への責任なのだから。


2005年02月09日(水)
参議院憲法調査会の公述人に決まった  

本日、小雪の盛岡から帰宅したら参議院憲法調査会からの通知が待っていた。「2月21日に行われる公聴会の公述人として採用したい。ついては意思確認のために電話がほしい」というものだった。せっかくめぐってきたチャンス。もちろん、喜んで受諾する旨返答した。「日本民主法律家協会事務局長・弁護士」の肩書きで出席することがきまった。

この公聴会は2000年1月に発足した憲法調査会の「締めくくりの公聴会」となる。テーマは、「今後の日本と憲法について」という漠然としたもの。3時間の枠で、公述人は4人だという。一人が15分ずつ意見を述べたあと、憲法調査会の各委員との質疑応答・討論を行うことになる。

8年ほど前に、やはり参議院の委員会で金融ビッグバンについて参考人として意見を述べたことがある。あのときは、日弁連の消費者問題対策委員長として、日弁連の推薦を受けてのことだった。消費者の立場からの意見であったが、鋭く見解が対立するというテーマではなく、心理的な負担はほとんどなかった。今回は、「堅固な護憲派」として、おそらくは少数意見を述べることになるのだろう。やはり、事前の準備をして行かねばと思う。多少なりとも、護憲の世論を議会に反映させることに役立ちたい。

なんんとなく、気分が晴れやかである。


2005年02月10日(木)
「法と民主主義」もうすぐ400号  

今日は「法と民主主義」の編集会議。

2/3月合併号は、メインの特集が「人権保障と憲法9条」。平和に生きる権利は孤立してあるのではなく、人間として生きる諸権利と密接に結びついている、平和なくして人権なく人権なくして平和はない、という観点からの論稿集。それぞれの人権運動の現場から、「ハンセン病回復者の権利」、「水俣病公害患者の権利」、「原爆症訴訟」「筑豊じん肺」「自然環境権訴訟」「社会保障訴訟」等々と憲法9条の関連がそれぞれの当事者・担当者から語られる。
小特集が「敗訴者負担廃案はいかにして勝ち取られたか」。市民運動サイドからの運動総括の記録となる。日弁連の担当者からも論稿も得ながら、日弁連とはひと味違った総括となる。類似の企画はない。乞うご期待。

4月号は「憲法9条をめぐる裁判」(仮称)。憲法裁判のベテラン弁護士・若手弁護士そして憲法学者の座談会をメインに据える。9条裁判の黎明、9条裁判の展開、最近の9条裁判、今後の9条裁判と平和運動の展望という章建ての進行。その章立てにふさわしい諸論文を掲載する。これも、面白くなりそう。
もう一本の企画が、「鈴木安蔵先生生誕100周年」。憲法改正論議喧しいこの折に、鈴木安蔵先生に学ぼうというコンセプト。先生は、現行憲法制定時に、徹底した民主的憲法をつくろうと奮闘された方。その思想はどう形成されたかを、後輩筋の憲法学者に語っていただくというもの。

5月号企画が、「徹底検証・石原都政」(仮称)。石原慎太郎という特異な政治家の基本思想を差別発言やジェンダフリー攻撃で検証し、その具体化としての都政を、治安、教育、福祉、再開発などに見ていこうという考えだった。これに対して、若手研究者から異論が出た。
「都政は、実は石原慎太郎のキャラクターで動いているのではない。基本的には忠実に財界の意向で動いている。しかも、国の方針を先取りした形を都の官僚が設計している。石原は、それに乗っかっているに過ぎない」
議論があったがまとまらない。今月の執行部会までに、各自で都政問題を勉強して企画のプランを練り直そうということになった。
サブ企画として、微罪起訴4事件(立川・目黒・板橋・葛飾)の当事者・弁護団の経験交流企画をぜひ実現したい。

さらに、国民投票法、憲法調査会報告、各党の改憲姿勢等々の企画が予定されている。そして、7月号が創刊400号となる。「法と民主主義」が400号続いたということは、やんごとなき家系の「万世一系」を凌駕する快挙である。この記念号をどう編集するか。多くの方のお知恵をお貸しいただきたい。


2005年02月11日(金)
建国記念の日のチョコレート  

人間には誕生日がある。夫婦には結婚記念日。会社や団体なら設立の日があるだろう。しかし、人類の誕生日なんてものは考えようがない。人種や民族についても然り。さて、国というやっかいなものの誕生日はどう考えればよいのだろう。

ひとえに、国をどうイメージするかに関わる問題であろう。革命によって作られた国は革命記念日が誕生日、独立を勝ち取って作られた国は独立記念日が誕生日。君主を処刑した日、敗戦の日、国の合併が誕生日ということもあるだろう。得てして、現政権や政体の誕生日と紛らわしい。

日本の場合はどうだろう。この国をどう見るかの問題。私は、敗戦によって新しい原理の新しい国ができたと考える。だから、敢えてこの国の誕生日を求めるとすれば8月15日がふさわしい。あるいは、新しい国の原理を定めた5月3日。このふたつ以外にはない。国家ではなく民族の誕生日というのなら、そんなものはあり得ない。そんなものは不要だ。

本日・2月11日は、かつての紀元節である。神話の上での、初代天皇即位の日。要するに、天皇を国の中心と観念していた時代における、そのような国の誕生日なのだ。日本は天皇の国なのだから、国の誕生日は天皇制が始まったとき。初代天皇の即位の日こそが、万世一系の天皇が統治する大日本帝国の誕生日にふさわしい。極めてわかりやすい。

60年前に、国の原理は転換した。日本は、かつての日本に非ず。天皇の国から国民の国へ変わったのだ。天皇は、かつての天皇に非ず。宗教的権威も、大元帥の地位も、そして主権者としての地位も剥奪された。ところが、強引に紀元節を復活させて、紀元節を「建国記念の日」とは‥。民の国で、天皇制はじまりの日を国の誕生日とすることは、天皇制を国民意識に植えつけようというよこしまなたくらみ以外の何ものでもない。そんなものは無用、ではない。有害極まる。

建国記念の日の正しい過ごし方。それは、日本の歴史、日本の民主主義について考えをめぐらし、天皇制に対する批判を再確認すること。私は、横浜で行われた小さな教員の集会で、「日の丸・君が代」強制反対の論理と運動について、ささやかな報告を行った。今年も、ほぼ正しい過ごし方を実践した。

ところで本日歩いた範囲だけでの話だが、本郷界隈では家庭に掲揚された日の丸は目につかなかった。横浜で、一軒だけ日の丸を掲げた居宅を見た。やはりギョッとする。あんな奇矯なことをするのは右翼に違いない‥という雰囲気。あとは、右翼の街宣車2台。薄汚い車両で「建国記念の日奉祝」を大音響で流していた。これも、普通の市民の感覚からは大きな違和感ある行為。

国民の関心は、建国記念の日にはなさそうだ。「建国記念の日を祝う国民式典」が、今年から中止されることになったという。中曽根内閣当時の85年に政府・与党が始めたものの、役員の高齢化を理由に中止することになったとの報道。あちらの側も、なかなかに危機感募る状況なのだ。

それに代わる国民の関心事は、どうやらバレンタインのチョコレートである。横浜駅地下街で、臨時売り場のチョコの売れ行きに驚いた。日の丸よりチョコレート。苦い戦争より甘い恋。社会は極めて「健全」である。


2005年02月12日(土)
鑑真和上像にお逢いした  

私は、少年時代を南河内で過ごした。二上・葛城の山並みを越えれば奈良盆地である。足繁く、斑鳩や西の京に通った。いくつもの奈良の寺と仏像に親しみの念が深い。唐招提寺も懐かしい寺の一つ。鑑真というこの寺の開祖は、おそらくは井上靖の「天平の甍」に描かれているとおりの人なのだろう。慈悲の心と、意志の強さとを兼ね備えた希有な人格。

国立博物館の「唐招提寺展」を覗いてみた。本郷の自宅から、東大の敷地と不忍池を渡れば上野公園。寛永寺に立てこもる彰義隊をアームストロング砲が狙った、その射程距離ほどの散歩で鑑真和上像にお目にかかることができた。

この像は何度も繰りかえし見ているような錯覚があるが、実は初対面である。私の記憶に間違いがなければ、この像はかつて開山堂に安置された秘仏だった。開山忌とされている6月6日だけに開帳された。私は、一度目にする幸運に浴したいと思ったが、当時かなわなかった。

この像、今は御影堂に祀られてある。東山魁夷の「濤声」「山雲」など全68面に及ぶ障壁画に囲まれての鎮座。芭蕉がこの像にぬかずいて、「若葉して御目のしずくぬぐはばや」と詠んだ当時とは、あまりに違った環境となっている。

実物はどの写真とも違っていた。人混みを忘れて、長く見て飽きなかった。優しさと強さとを、二つながら体現した造形。見るべきものは、この一点だけでよかった。丈六の盧舎邦仏も東山魁夷の障壁画も、存在感が薄かった。

会場の解説 「『唐大和上東征伝』によると、鑑真和上の弟子の忍基が、諸弟子を率いてその姿を模した‥。鼻筋の通った顔立ち、肩幅のある体躯、逞しさのある手など、鑑真のあるがままの姿を自然に捉えています。目を閉じ瞑想にふけるかのようなおだやかな表情には、身命を惜しまず、日本への伝戒を成し遂げた和上の崇高な精神が宿っているといえます」と、ここまでは普通。

続けて、「本像には礼拝者の心を浄化する力があり、そこに肖像彫刻の名作としての所以があるようです」。
まことに押しつけがましい文章だが、そのとおりと脱帽するほかはない。


2005年02月13日(日)
ミミカキ草に、クリオネ5匹    

ミミカキ草という小さな花をご存じだろうか。モウセンゴケの一種なのだろう。コケから耳掻き様の茎が垂直に何本か立っている。その丈15僂个り。先端がややふくらんでミミカキ草とはよく名付けたもの。これだけなら何の変哲もないのだが、この耳掻きに花が咲く。その花の形が、あのクリオネにそっくりなのだ。で、「クリオネミミカキソウ」。それが、日脚のびつつある今、わが家の居間のテーブルにのっかっている。

ひとつき前には、クリオネの影も形もなかった。4本ほどの細い細い耳掻きが頼りなげに立っているだけ。そのミミカキに、次々にクリオネが生まれた。全長1センチに足りない小さなクリオネ。全身は白、顔は薄いイエロー。精一杯両手を拡げ、シッポをピンと張った愛らしさ。頭には冠の飾りさえある。いま、3本の茎に5匹。まだ、何匹か生まれそう。造化の妙に、毎日感心して見守っている。

花は紅、柳は緑。花鳥風月みな面白い。大地と海と山と川とがあり、風が吹き雲が湧く。春夏秋冬があって、男と女がいる。色があり、音があり、匂いがある、その世界の一隅にクリオネが生まれた。世の中は実にうまくできている。神が作ったかどうかは知らないが、この精妙で豊かな世界を大切にしたいと思う。温暖化、環境汚染、戦争、核備蓄などはもっとも愚かなことではないか。この小さなクリオネを、世界の一部として大切にしたい。ミミカキクリオネ草をいとおしむ心根を大切にしよう。


2005年02月14日(月)
NHK受信料不払いは是か非か  

「報道表現の危機を考える弁護士の会」で、21日の集会(午後6時から、東京弁護士会502号室。入場無料)の持ち方についての会合。事務局を引き受ける若手と、手際よく講師との打ち合わせを報告するベテラン。自発性に支えられて集会の進行はなんなく決まる。問題は、この集会のあと。どのような運動を展望すべきか、その方向性についてはまだ議論が煮詰まらない。

政権与党との癒着の姿勢についてNHKに反省を求めること、NHKの現場の良心を励ますことについては異論がない。しかし、その具体的な方法や行動については、まだ必ずしも意見がまとまらない。

有力な意見として、運動としての「受信料不払い」ないし「支払い留保」の提案がある。NHKが、公共放送としての使命を自覚し政権与党からの圧力に屈せず、公平中立の姿勢の堅持が確認されるまでの受信料支払いの停止を呼び掛けようというもの。場合によっては集団訴訟も選択肢とする。最も影響力の強い直接的な市民サイドの実力行使としての具体的な方針の提起であり、実務法律家でなくてはできない運動という点でも魅力的である。

これに対しては慎重論も強い。この手法が世論の賛意を得られるだろうか、理論的にはともかく裁判所の現状で期待した判決が得られるだろうか、NHKの現場の良心を励ますことにならないではないか、という批判。そして、「不払いの激増がNHKの経営不安を現実化したときに、事態がどうなるかについて展望を有しているのか」という問いかけがある。

どうやら、公共放送というものについての位置づけや期待が人それぞれなところからの議論のもつれがあるようである。

一方に、「受信料不払いは、受信料支払いの義務化という放送法改正を招きかねない。実質的な国営放送化であり、政権与党の支配はいっそう貫徹することになる虞がある」という意見がある。無論これに対して、「国鉄・専売・電電に続いて、郵政まで民営化されようという時代に、NHKの国営化はありえない」という反論がなされている。
他方、「受信料不払いは、NHKの民営化を招くことになるのではないか。それは、NHKを愚劣な視聴率競争の列に投じることで良心的な番組作りの伝統を抹殺することになりはしないか」との心配が表明されている。この見解への賛否は、これまでのNHKの番組作りの姿勢に対する評価で分かれる。

公共放送だと政治的・権力的介入を招くことになる。民営化すれば、今度は資本の論理が障壁となる。NHKにはお灸を据えなければならない。しかし、お灸のヤケドが命取りになっても困る、という堂々めぐり。今のところ、まとまらない。21日の集会では服部孝章教授や斉藤貴男さんを招く。よく話し合ってみようということになっている。

そう言えば、日弁連の夏季消費者セミナーで、桂敬一さんのお話を伺ったことがある。「国民は、その国民のレベルにふさわしいメディアしか持てない」と言われたことを思いだす。NHK問題も、制度ではなく私たちの社会の民主的な成熟度の問題なのかも知れない。


2005年02月15日(火)
精神的自由の現状  

夕方、日弁連講堂で「精神的自由を考えるシンポジウム」。今秋鳥取で行われる人権擁護大会シンポジウムのプレ企画という位置づけ。精神的自由の現状を検討し、改憲問題との関連を考えようというコンセプト。

まず樋口陽一先生が問題提起。そして、高橋哲哉、吉岡忍、魚住昭の三氏がパネルディスカッション。大きなテーマは、(1) 「日の丸・君が代」強制問題、(2) マスメディア規制、そして(3) 市民の表現行為への権力的規制の3点。出席者の顔ぶれとNHK番組改変問題の突出で、圧倒的にメディア問題シンポになった。「精神的自由を考えるシンポジウム」という標題からは、やや憾みを禁じ得ない。それでも、得るところは多々あった。

400人ほどの参加者であったろうか。この講堂の中の雰囲気は、実にまともであった。北朝鮮バッシング報道の不気味さ、イラク人質に対する自己責任論の愚かさ、NHK番組改変は天皇有罪と慰安婦という二重のタブーに触れたからだという、それぞれ的確な指摘。マスコミの中に権力という概念自体が失われつつある、巨大な思考停止状態にある、という重い発言。この講堂の中と外とではまったく違った原理が支配している如くである。

みな危機感は共通。「東京都の教育現場では既に茶色の朝を迎えているのではないか」と言ったのは高橋さん。「東京都教育委員会のやり方は、少数者の意見を完全に抹殺しようという点でファシズムである」とも。「バラバラに解体された市民が国家への依存を強めている。市民の連帯を取りもどす努力を」というのが吉岡さん、魚住さんの共通発言。そして、樋口先生は、ビットリオデシーカの作品の、「そうだ、君は何もしていない。何もしなかったからこんな世の中になってしまった」というセリフを引いて警告をされた。

それにしても、高橋哲哉さんの発言領域の広さに驚く。「日の丸・君が代」強制、教育基本法改正、心の支配、小泉靖国参拝、歴史認識、戦後責任、愛国心、ナショナリズム、有事法制、メデイア統制、国民投票法、人権擁護法、改憲手続き‥。そう、厳しく現実と切り結んでいる。私の関心範囲との重なりが大きい。高橋さんは、現在を一種の戦時下だという。「9・11後のアメリカとの一体性を抜きにして、イラク派兵も、ビラ配布弾圧も語れない」。

このような事態での憲法改正とは何か。「権利が過剰だから抑制するための改正」などの理屈はあり得ない。戦争態勢整備過程において、国民統合の必要上、精神的自由が踏みにじられている局面ではないだろうか。樋口先生の発言は「あまりにお粗末な現在の政治家に、この憲法に手を付けさせてはならない」と。これが、本日の結論であろう。


2005年02月16日(水)
ああ、都議選近し  

C.W.ニコルという作家がいる。ナチュラリストだそうだ。ウェールズ生まれだが、日本の国籍を取得し、長野県で自然保護運動に取り組んでいるという。これまで、なんの関心も持たなかった人。もちろん何の恨みもない。その作家の名前の入ったポスターが私の居住地界隈にベタベタ貼られている。文字どおり、ベタベタベタベタ‥。一枚一枚は、見栄えのしないつまらぬポスターというだけ。しかし、これだけ大量になると明らかに環境汚染。ナチュラリストが街を汚している。

もっとも、これを貼っているのはニコルではなく、私の家から歩いて1分半の場所にある鳩山邦夫事務所(としか考えられない)。くだんのポスターには、ニコルと鳩山邦夫と鳩山太郎の3人の名前と顔写真が並んでいる。言わずと知れた都議選用ポスターである。

鳩山邦夫とは何ものであるか。田中角栄の秘書→新自由クラブ→自民党→民主党→離党→自民党という、おそらく自分にも自分がよく分からない人物。資産家で高額所得の4世議員(和夫→一郎→威一郎→由紀夫・邦夫)。あの滝川事件の張本人・当時文部大臣の鳩山一郎の孫である。資産家であるのは、ブリジストン石橋家につながるから。私の最も嫌いなタイプの保守政治家。

鳩山太郎とはその長男。5世の「政治家」で都議である。政治家稼業を世襲と心得ているのではないか。文京区というのはまさにド田舎。鳩山ブランドが通用するのだ。で、こんなお恥ずかしい「お子様ランチ政治家」を都議に当選させたのだ。文京区に住んでいることが不愉快でもある。

民主主義というのは難しいものだ。民衆が賢くなくてはなりたたない。少なくとも、世襲議員や金持ち議員、地盤と看板で出てくる政治家、多選議員なんぞは意識的に落とすような選挙民の民度がなければ機能しない。民衆のレベルに見合った政治しかあり得ない、とは至言。大戦中の選挙で、英国民はチャーチルを首相から引きずり落とした。フランス国民は戦後、救国の英雄ドゴールを退陣させた。このくらいでなくてはなるまい。


2005年02月17日(木)
私は改憲に反対です  

参議院の憲法調査会で公述する荒原稿を起案してみた。

私は、改憲に反対する立場から意見を申し上げます。
※ 私が改憲に強く反対する理由は、けっして日本国憲法を理想の憲法と考えているからではありません。
  個人的な理想を言えば、日本国憲法にも多々不満はあります。私から見て、もっとよい憲法に変えたい。そんな思いも禁じ得ません。しかし、私の個人的な希望が多くの人の賛意を得て憲法に織り込まれるとは到底考えられません。というだけではなく、現在の状況をリアルに見れば、現実的に考えられる改憲の内容が国民にとってもっとよいものになるとは到底考えられないところです。
 
※ 憲法は規範ですから、常に現実とは距離があります。むしろ、現実の先にあって現実を批判し、現実が進行すべき方向を指し示すことがその役割です。
  また、憲法は国のあり方を定める根本規範ですから、どのような国のあり方、どのような社会のあり方を理想と考えるかが、憲法を論ずる実質的な意味となります。

※ 私は、些末な点は捨象して、日本国憲法が謳っている、基本的人権の保障・国民主権・恒久平和主義という根幹はいずれも普遍的な人類の叡智の到達点だと考えます。
  まず何よりも、個人の生き方の多様性を尊重することが根底的に重要です。精神的自由の領域の問題として、思想・良心・信仰・嗜好・表現において多様性を認める社会であること、多様な個性が窮屈でなくのびのびとその人なりの生き方を全うできる社会であること。この個人の自己実現のための自由の保障が憲法の究極の目標だと考えます。

※ その余のことはこの根本目標を実現するための制度です。平和でなくては、豊かで多様な個人の生き方の保障はない。民主主義なくしては、最大多数を幸福にする秩序の維持や福祉の増進はあり得ません。

※ 今では当たり前のようですが、わが国では60年前まではまったくそうではありませんでした。
  旧憲法時代、国民は国民自身が価値の源泉だとはされませんでした。国の目標は、国民の自由や自己実現、福祉を増進することではなく、富国強兵・国威発揚だったのです。
  当然の如く、主権は天皇にあるものとされ、国民は統治の客体としての「臣民」でしかありませんでした。そのうえ、言論は統制されて国策への批判は封じられ、教育は国家が望む人間作りの手段とされました。その結果が近隣諸国への侵略戦争であり、加害被害両面の戦争の惨禍でした。

※ 日本国憲法は、大日本帝国憲法の失敗をリアルに認識し、これを真摯に反省するところから出発しました。日本は、まったく正反対の原理と価値体系をもってその失敗から再生しました。平和主義・民主主義・人権尊重などの現行憲法の理念はバラバラに存在するのではなく、緊密に関連しています。政教分離、教育権、司法の独立などとも一体としてある日本国憲法の理念ををゆるがせにしてはなりません。

※ ところが、今その反省が忘れられ、戦前と同じ間違いを繰り返すことになりはしないかと心配でなりません。
  新生日本の再出発の理念に照らして現実はどうでしょうか。軍隊の存在は既成事実化し、歯止めのない装備の高度化が進行しています。海外派兵までが現実となり、武器輸出三原則の見直しや、集団的自衛権行使の必要が語られています。政府を批判する言論は、些細なことでも刑事罰の対象となる現実があります。教育における行政の支配に抗する教員には苛酷な懲戒処分が強行されています。再び、国策批判の言論を封じ込めて、国の支配による教育を強行することによって、軍備や戦争に慣らされた国民が作られようとしています。

※ このような事態での憲法「改正」は、日本を「歴史的な失敗の道」に本格的に踏み込ませるものにほかならず、どうしても反対せざるを得ません。


2005年02月18日(金)
国民投票法案への対応について  

法律家5団体の共同行動(日民協・自由法曹団・青法協・国法協・反核法協)についての事務局会議。先日の水島朝穂教授講演会の総括と、憲法問題についての意見交換、そして今後の行動について。

現在の最重要課題が、国民投票法案をめぐる状況にあることに見解が一致。自民党は、同法案を今通常国会に提出する方針を明確にしている。まずは、内部学習会をしようということに。現在の自民党案によって国民投票法が成立すれば、外堀を埋めることの域を遙かに越えて、内堀まで埋めるに等しい。とりわけ、世論喚起の運動を押さえ込もうという邪悪な意図がありありと窺える。こんな「べからず国民投票法」は、主権者に対して無礼極まる。

国民投票法案の主要な問題点を列挙すれば次のとおり。
※個別の問題点ごとに賛否の意思表明ができなくてはならない。
 たとえば、「環境権規定の明文化」と「集団的自衛権の明記」とを一括して投票させることの不当は明らかである。抱き合わせで民意を歪めることは許されない。
※国民投票運動の自由が最大限に保障されなければならない。
 徹底した国民的議論によって主権者意思形成の過程を保障しなければならない。ところが、予想される法案は、言論活動を徹底して規制する「べからず国民投票」である。公務員・教育者・外国人は運動ができない。報道や論評も規制される。違反には、もちろん刑罰が用意されている。
※発議から投票までの期間を十分にとるべきである。
 予想される法案は、「60〜90日」である。国民的大議論が必要なのだ。少なくとも、半年間とすべきではないか。

憲法学者の国民主権論からの分析が欲しい。これは小澤隆一教授にお願いしよう。そして、公選法の選挙運動規制批判の専門家の意見を聞きたい。こちらは中央選挙管理委員だった鷲野忠雄弁護士に依頼を。日程は、3月24日(木)午後5時30分から。場所は日民協会議室。そして、各党の憲法調査会なり、政審の委員に意見交換会を申し込もう。当方が、しっかりとした方針を持った上で。

これまで、国民投票法案への対応はかなり微妙な問題として意識されていた。「投票法案が改憲への地ならしである以上は、その法案提出そのものに反対することがスジ」との意見が説得力をもった時期もあった。「内容の吟味に入ってしまえば、半分以上相手の土俵に乗ったことになる。法案の中身について意見をいうこと自体が間違い」という見解はまだ根強い。しかし、事態は急激に動いている。法案の中身について徹底批判をしなければ、本丸での闘いもできなくなる。いよいよ、正念場なのだ。


2005年02月19日(土)
卒業式前「決起集会」  

また、重苦しい季節が近づいてきた。今期の卒・入学式での「日の丸・君が代」強制に対して、したたかな抵抗を続けていかなければならない。本日午後に「三者決起集会」。三者とは、「予防訴訟をすすめる会」「被処分者の会」そして、「被解雇者の会」。

疲れていることを自覚する。睡眠不足でもある。今日は取り立てて私の出番はないのだから休みたいという気持ちもないではなかった。が、現場の教員はそれこそ良心を掛け、人生を掛けての闘い。それに私より一回り年嵩の尾山宏弁護士が頑張っておられる。土曜日を休むなんて贅沢が許されるはずもない。

「首都圏ネット」「学校に自由の風を」「神奈川予防訴訟をすすめる会」の連帯挨拶で元気が出る。現場で抵抗する教員への連帯が広がっていることがまことに嬉しい。みんなの確信になっている。

その挨拶を聞きながら考える。問題の本質は、おそらくは「国旗・国歌をめぐる思想の攻防」にあるのではない。教育に対する管理・統制に対する闘いなのだ。教育とは、本来管理や強制になじむものではない。行政の支配から独立して初めて、人間の尊厳を目指す教育が可能となる。これに対して、石原教育行政が行っているものは、がんじがらめに統制して上からの指示のままに動く物言わぬ教員を作ろうということ。それを通じて、物言わぬ国民を作り出そうということ。

既に校長と教頭は、ロボットになってしまっている。まだ、ロボットにならない教員は、ロボット化するか追い出すか。学校を、ロボットによるロボット製造工場としようというのが石原構想ではないか。

教頭の会合では、「式の最中に生徒が不起立の事態となったら、式を中断して起立すべく指導し、しかる後に再開する」よう指示があったという。世も末の感が深い。が、やっぱり負けてはおられない。また元気を出さなければならない。

集会場で、1月20日の広島地裁判決を見せてもらった。広島高教組の支部が、広島県に勝訴した認容判決。
事案は、教組が教研集会開催のために公民館の使用を申し込んだのに、使用を拒絶されたことに伴う損害賠償請求。4支部に、合計250万円ほどの賠償を命じている。

公民館使用不許可の理由として、被告が持ち出した理屈が、「教研の実態は、教育行政批判で、学習指導要領に反するもの」というもの。そのために、教育行政や学習指導要領批判は許されないのか、ということが争点となった。これに対する判決の内容は以下のとおり、極めて真っ当である。

「教研集会が教育行政研修とは異なる自主研修である以上、そこでの議論内容の中に教育行政側の意見と食い違う点が出てくることはむしろ一種の必然である。そのような意見の相違が一定程度存在することについては、民主主義社会において教育活動の多様性を確保する観点からは好ましいと見るべきであり、意見の相違点について積極的・建設的な対話を重ねることができれば、全体としてより一層の教育の発展を図ることができるはずである。教研集会の内容が県教委の教育方針と食い違うことを理由として自主研修の意義が否定されるべきでなく、まして教育上の支障が生ずるおそれにつながるとい うことはできない。
被告は、教研集会で学習指導要領や是正指導に反対する内容の議論がなされていることを特に強調する。しかし、学習指導要領自体もまた時代の流れに即応して度々大幅な改訂がなされていることは周知のことであって、現行の学習指導要領も将来にわたり不変のものとはいえない。このようなことを踏まえれば、学習指導要領の法的拘束力の有無にかかわらず、教職員が教研集会の場で学習指導要領や是正指導について批判的な観点を交えて検討することは教育研究の発展を図る観点からも許容されるべきことである」

われわれの担当する訴訟でも、早くこのような勝訴判決を得たいものである。


2005年02月20日(日)
参議院憲法調査会での公述原稿  

※私は、弁護士として30年余の職業生活を送ってまいりました。その実務の経験を通して、現行日本国憲法は擁護すべきであり、改憲には強く反対という見解をもっています。本日は、その立場から、意見を申し上げます。
 私は、現行憲法を、人類の叡智の結実と高く評価しています。
 もっとも、日本国憲法をこのうえない理想の憲法と考えているわけではありません。個人的に希望を述べれば際限はなく、細部にいくつかの不満を持ってはいます。国民一人ひとりが異なる国家観・社会観・人生観を持っている以上、国民の数だけ理想の憲法があり得ます。万人が完全に満足とはなり得ません。もともと、憲法というものは、国の骨格を定めるもので、肉付けは日々不断の努力を積み重ねていくことになります。私が、現行憲法に不満に思う諸点は、肉付けの問題として十分にカバーできる範囲のものと考えています。
 むしろ、憲法の細部にこだわり、枝や葉に対する不満を是正しようとすることが、根や幹の部分の改正論議を後押しすることになりはしまいかと、危惧せざるを得ません。
 現実的に考えれば、一国の実定憲法として、これだけの内容を持った憲法があることはまことにすばらしいことだと思います。この優れた憲法を軽々に変えてはならない、そう考えています。
※現行憲法を優れていると考える根拠は、何よりも遅れた現実を批判する道具として極めて有効だからです。
 憲法は規範ですから、常に現実とは距離があります。現実の先にあって現実を批判し、現実が進むべき方向を指し示すことがその役割です。そのような規範として現行憲法はまことに優れものだと考えます。
 かつて私は、ある地方銀行の女性行員に対する賃金差別裁判を担当したことがあります。この裁判で、銀行側は、「男性が主たる家計の維持者であることは現実であり、社会通念でもある。だから、家族手当や世帯手当は男性には支給するが女性には必ずしも支給の必要はない」と言い切りました。確かに、このような現実や社会通念があるのかも知れません。しかし、その遅れた現実を批判する、あるべき基準として憲法14条があります。一審・二審とも、女性行員が勝訴を得ました。そして、銀行の賃金規定も変わりました。まさしく、憲法が現実批判の道具として働き、現実をリードした分かり易い事例です。このとき、私は憲法の役割を明瞭に認識しました。
※当然のことですが、人権も、平和も、民主主義も、憲法に書き込んであるからと言って、既に実現されているものではありません。理念と現実とは別物。実は、国民一人ひとりが憲法に明記された理念の実現に努力していくこと、言い換えれば現実を理念に近づけることが要請されています。そのような国民の行動や運動がともなって、初めて憲法は意味のある存在となります。
 理念と現実との齟齬は至るところにあります。
 政教分離という確固たる憲法上の原則がありながら、首相や都知事による靖国神社への公式参拝は毎年反省なく続けられています。
 憲法19条には思想・良心の自由が明記されているにもかかわらず、教育現場では「日の丸・君が代」の強制がまかりとおっています。
 憲法には両性の平等が謳われていますが、職場で家庭で教育の場で平等は実現されていません。むしろ、ジェンダーフリーという思想が攻撃されている実態があります。
 政治的表現の自由はもっとも尊重されるべきであるにもかかわらず、イラク派兵反対のビラ入れが住居侵入ということで逮捕され、勾留され、起訴にまで至っています。マンションで政党のビラを撒いたことがまた同様に弾圧されています。
 憲法では検閲が禁止されているのに、公共放送の幹部が与党の議員に事前に番組の内容を報告し、その議員の意向に添う形で番組の改変が行われたという醜悪な事実も明らかとなりました。
 これらの本来あってはならない、遅れた現実を、批判する鋭利な道具として、憲法はさらに研ぎ澄まされることが必要だと思います。今必要なのは、憲法を改正することではなく、憲法をより良く使いこなし、憲法の掲げる理念を実現することなのだと思います。
 今、声高に憲法改正の必要を唱えている人の多くは、憲法によって批判されるべき側の人々ように思えます。
※「憲法の理念が現実を批判する道具として正常に作用しているか」という観点から、特に平和の問題について申し上げたいと思います。
 現在の日本は、アジア・太平洋戦争における敗戦から再生しました。日本国憲法は、大日本帝国憲法が戦争を起こしたことの失敗をリアルに認識し、これを真摯に反省するところから生まれました。
 「政府の行為によって再び戦争の惨禍が起こることがないやうにすることを決意し」て、恒久平和主義が憲法に明記されたのです。「陸海空軍その他の戦力はこれを保持しない。国の交戦権はこれを認めない」というのが憲法9条2項。これが、改憲問題の焦点であることは、共通の認識であろうと思います。
 恒久平和主義は、この地上から戦争をなくそうと努力を傾注してきた、国際社会の良心と叡智との終局の到達点にほかなりません。
 ヨーロッパ社会に国際法ができて以来、聖戦論から無差別戦争観の時代を経て、侵略戦争違法論、戦争手段の違法化という大きな潮流が形成されてきます。
 第一次大戦後の国際連盟憲章、そして不戦条約の締結、さらに第二次大戦という戦争の惨禍を各国が経験した後に国際連合ができます。国連憲章は原則として戦争を違法化しましたが、例外を設けています。一つは締結国が武力攻撃を他国から受けた場合に、安保理が有効な手立てをするまで間に合わない期間はやむを得ないものとして自衛権の行使を認めます。もう一つは国際連合が主導して制裁措置をする戦争。国際連合憲章は戦争を完全に否定せず、武力による平和という観念を、例外としてではあるがまだ残しています。そのあとに日本国憲法ができて、恒久平和主義を取り入れた。
 国連憲章と日本国憲法成立の間に何があったか。ご存知の通り、広島・長崎の悲劇です。核の恐ろしさを人類が知って日本国憲法ができました。
 夢想された憲法ではなく、実際に第76帝国議会の議を経て帝国憲法の改正として日本国憲法が成立し、9条も採択されました。
 私は、人類の叡智が一国の憲法に盛り込まれたものと考えます。人類史上の偉業と言ってもよい。これまで、人類は憎悪と報復の悪循環の中で戦争を起こしてきました。相手が軍備を増強するからには、こちらも軍備を拡大しなければならない。こちらは「備えあれば憂いなし」「自国の軍備は防衛のため」と思っていても、隣国はそのようにはとらない。「あちらの国の軍備は、こちらへの攻撃のためではないか」「こちらも自衛のための軍備を拡充しなければならない」となります。
 お互いに、「自分の国の軍隊は良い軍隊、よその国は悪い軍隊。よその国は攻めてくる可能性がある。だからそれをうちの良い軍隊で防衛する」という、こういう発想から抜けられないのです。お互い相手国にまさる軍備を持たないと安心できない。この悪循環を断ち切るためには、軍備を持たないということが一番。憲法9条は、これを宣言しました。これまで、日本は少なくとも専守防衛の姿勢をアピールして、軍備は抑制する方向に舵を切ってきました。
 この偉大な人類の叡智を投げ捨てて、普通の国にもどってしてしまおうということは、まことに残念な人類史に対する裏切り行為だと思います。
※私は、憲法ができて半世紀を経た今、「理念としての恒久平和主義が妥当しない国際社会になったか、そのように国際社会は無法化してきたか」と自問してみて、けっしてそうではないと考えるものです。
 むしろ、武力による平和の試みのの失敗、あるいはその無力が露わになってきていると考えざるを得ません。パレスチナの悲惨、ベトナム戦争やイラク戦争における大国の介入の失敗を見れば明らかではないでしょうか。
※憲法の理念と現実とは、緊張関係にあります。理念を変えることは、当然に現実をも変えることになります。
「これまでも、9条2項の下で自衛隊が生まれ育ってきた。9条2項を削除したところで、現実は変わらない」という意見もあるようです。私は、これは楽観に過ぎると思います。
 1999年の145国会は、「憲法受難国会」というべきものでした。ここで、国旗国歌法が成立しました。よく知られているとおり、国旗国歌法は定義法でわずか2箇条。国旗国歌に対する国民の尊重義務は規定されていません。元東大学長だった文部大臣を初めとして、政府答弁では繰りかえし、「この法律によって国旗国歌が強制されることはない」「これまでとまったく変わることはない」と言われました。
 しかし、現実はどうなったでしょう。その翌年、2000年の春から、教育現場はガラリと変わりました。各地の教育委員会が卒入学式での国旗国歌の強制に乗り出し、ついには大量処分、そして法廷闘争にまで発展しています。今「日の丸・君が代」強制を憲法違反として提訴している教職員は400人に近いのです。ついには園遊会で、天皇に「日本中の学校に国旗を上げて国歌を斉唱させるというのが私の仕事でございます」と話しかけた教育委員まで現れたのです。
 いま、「9条2項あってなお」の自衛隊の存在です。9条2項の歯止めを失えば、装備、人員、予算、作戦、いずれの面でも軍事が大手を振るうことになることは自明ではありませんか。
※憲法9条あればこそ、集団的自衛権はまだ否定されています。海外での武力行使はまだまだできません。できることは、せいぜいが武力行使とは一体とならない後方支援活動の範囲。国連軍にも参加はできません。これまで、自衛隊員が戦闘で人を殺したり殺されたことはありません。日本が紛争の火種となる事態もありません。これは憲法9条の理念が今まだ、現実を批判しリードする機能を持っている証拠だと考えます。
 憲法典という法律があるからというだけではなく、国民の平和意識・国民の平和運動と結びついて今これだけのことができている。
 仮に9条が改正されるようなことになったら、つまりは理念を現実側に押し戻せば、現実はさらにおかしなことになってしまう。この憲法9条、特に2項は守らなければならないと考えています。
※また、アジアの近隣諸国民にはかつての皇軍復活の悪夢と映ることになるでしょう。
 「憲法9条は、アジア・太平洋戦争における被侵略諸国民への国際公約だ」と言われます。まことに、そのとおりだと思います。ドイツと違って、戦後責任の清算をきちんとしてこなかった日本が9条改憲を行うということは、日本が憲法制定時の初心を忘れ、戦前と同じ間違いを繰り返すことになりはしないかと、諸国民に疑念をいだかせることになるでしょう。結局、アジアに軍事的緊張をもたらすことになります。けっして、得策ではありません。
※なお、国際貢献を根拠とする9条改憲論があります。「他国から攻められたらどうする。そのときのための軍隊は必要ではないか」という議論は、今は下火です。日本は大国なのだから、相応の国際貢献をしなければならない。そのために、海外に出て行く軍隊が必要だというのです。平和を乱す「ならず者」がこの世の中にいて、ならず者に制裁を加える為に軍備が必要だというのです。私には、何の説得力も感じられません。
 内政不干渉は、国際法の大原則です。憲法9条を持つ日本が、海外で武力を行使しなければならない謂われはまったくありません。また、武力によらない国際貢献の方法は、いくらでもあるではありませんか。
 とりわけ、国際紛争の根源は貧困、差別、そして情報や教育の不足です。これらの根本問題解決のために、日本が人も金も出すことは、現行憲法が推奨しているところだと思います。改憲までして、他国に派兵する必要はありえません。
※既に今、軍隊の存在は既成事実化し、装備の高度化が進行しています。復興支援活動名目での海外派兵までが現実となり、武器輸出三原則の見直しや、集団的自衛権行使の必要が語られています。
 また、政府を批判する言論は、些細なことでも刑事罰の対象となる現実があります。再び、国策批判の言論を封じ込めて、国の支配による教育を強行することによって、軍備や戦争に慣らされた国民が作られようとしています。
 このような事態での憲法「改正」は、日本を「歴史的な失敗の道」に本格的に踏み込ませるものにほかならず、どうしても反対せざるを得ません。


2005年02月21日(月)
憲法調査会とNHK番組改変問題  

参議院の憲法調査会で意見公述。傍聴席に、西川重則さん・高田健さんらのお顔があって元気づけられた。傍聴は大切だと身に沁みて思う。仲間が近くにいてくれるというだけで励まされる。信頼に足りる活動をしている人であればなおさらだ。

午前中2時間半余が一コマ。4人の公募公述人のうち、オーソドックスな護憲論は私一人。自民党岡山県会議員氏は右派からの明確な改憲論。弁理士政治連盟会長氏は憲法に「知財立国」の理念を書き込めという主張。法政大学教授となった五十嵐敬喜さんはさすがに聞かせた。国民主権原理を貫徹する方向に徹底せよという改憲論。しかし、9条改憲には賛成ではないと明言した。全体としてみれば、これでバランスがとれているということか。

この調査会の論議がエキサイトすることはほとんどないそうだ。ところが、私がNHK番組改変問題に言及したら、複数の自民党議員からかなりいらついたヤジが飛んだ。「事実関係が違うぞ」「事実にしたがって発言しろ」などと言う。この問題には、相当に神経を尖らせているのだということがよく分かる。

この点の私の発言は、憲法理念と現実との齟齬を例示したもの。
靖国公式参拝、「日の丸・君が代」強制、ジェンダーフリー攻撃、ビラ入れ弾圧の次ぎに、「憲法では検閲が禁止されているのに、公共放送の幹部が与党の議員に事前に番組の内容を報告し、その議員の意向に添う形で番組の改変が行われたという醜悪な事実も明らかとなりました」というもの。これが、ずいぶんとお気に召さないご様子。私の論旨は、「本来あってはならない遅れた現実を批判する鋭利な道具として、憲法はさらに研ぎ澄まされることが必要だと思います。今必要なのは、憲法を改正することではなく、憲法をより良く使いこなし、憲法の掲げる理念を実現することなのだと思います。今、声高に憲法改正の必要を唱えている人の多くは、憲法によって批判されるべき側の人々ように思えます」と続く。

共産・社民の議員が少数ながら護憲の立場で頑張っている姿にも感じ入る。ウーン、数が欲しい。

夜は、「市民集会 NHK番組への政治家介入と報道・表現の自由を考える」
感度のよい市民100人を超す参加者。その熱気が凄かった。パネルディスカッションは、服部孝章・斎藤貴男、そして中山武敏・杉浦ひとみの両弁護士。

次の会場発言が印象に残った。
「私は労働運動を通じて、知識人が民主主義の最後の砦だと思っている。日本の知識人は、ジャーナリズム・教育界・法曹の各分野にいる。ここが攻撃されダメになったら、日本の民主主義はお終いではないか。最後に、弾圧の対象となるところだ。私が運動の現役だったころには、労働者が集会を組織し、メディアや学者や弁護士に応援に駆けつけてもらった。今や、弁護士が集会を主催して労働者・市民は招かれる側になってしまった。知識人には頑張っていただきたいが、そこにも攻撃がなされている時代なのだ」

この発言を、あながち誇張とは言い難い雰囲気の時代となっていることを感じる。


2005年02月22日(火)
新しい可楽がやって来た     

注文をしていた「ザ・ベリー・ベスト・オブ落語」が届いた。昔、ラジオで懐かしい12人の名人落語家のCD14枚組。演目数にして42。しばらくこれで楽しめる。分けても、可楽の「立ちきり」、柳好の「鰻の幇間」がお目当て。

物心ついたときから落語になじんでいた。小学校5年生のころには落語全集なんぞを読んでいた。その挿絵まで覚えている。志ん生・圓生・文楽・金馬・三木助・柳橋などの語り口はラジオ番組でおなじみだった。しかし、どういうわけだろう、可楽(八代目)と柳好(三代目)は聴いたことがない。東京ローカルの電波にしか乗らなかったため、大阪の少年の耳には届かなかったのだろうか。二人とも、私が三十代にテープで初めて聴いて、こんなに面白い落語家がいたのかと驚嘆した。以来、やみつきである。

可楽の「寝床」「うどん屋」「味噌蔵」「笠碁」「二番煎じ」「らくだ」「反魂香」、どれもこれも絶品である。何度繰り返し聴いても飽きることがない。1964年に66歳で亡くなっている。私が大学2年生の当時ではないか。ほんとに惜しいことをした。無理をしてでも、鈴本にでも、末広にでも行っておくべきだった。

柳好は、「野ざらし」と「青菜」。聴くたびに気分が浮き立つ。この人は、1956年に亡くなっている。なんとも惜しい早い死である。それでも、同じ時代の空気を吸ったことがあるのだ。

人生は豊かでなくてはならない。経済的な安定を目指してそれを実現したら、それから何をするのか。人の世は、自由でなくてはならない。自由を目指して不合理をなくしたら、それから何をするのか。あくせくと働いて、そのあとに何をするのか。所詮人間は自然の中に生まれ、社会の中で育つ。自然を楽しむか、人間関係を楽しむかであろう。花鳥風月、山川草木、春夏秋冬、自然はことごとく美しい。人との関わりは生き甲斐そのものであろう。夕焼けの空を眺めながら、好ましい人ととりとめなくおしゃべりをする、これが最も普遍性ある幸せのイメージ。

落語は、もう少しアクセントを持った人生の豊穣の一部である。寝ころんで名人のCDを聴くのは至福のひととき。とりわけ可楽の芸に巡り会えたのは、私の人生における僥倖である。


2005年02月23日(水)
NHKへの申し入れ  

本日は、NHKへの申し入れ行動。「報道・表現の危機を考える法律家の会」から9名が参加。21日に開催の市民集会でのアピールを持参して、こもごも思いを語った。応接したのは、市民からの苦情受け付けの担当責任者だが、この人たちをNHKの会長と想定しての30分間の「意見陳述」だった。

民主主義社会は世論によって運営される。その世論をかたちづくるものは教育とメディアだ。教育とメディアがいびつになれば、正しい世論形成はなくなる。不可逆的に再生不能なまでに傷つくことにもなる。教育とメディアを傷つける最大のもの、それが権力的介入だ。時の権力者、時の多数派は、自分の都合のよいようにメディアと教育に介入したいという衝動を持っている。介入を受ければメディアも教育も、もろく傷つきやすい。それは民主主義の破壊を意味する。

だから、メディアにも教育にも政治的、権力的な介入があってはならない。メディアと教育とは、権力の支配から自由でなくなてはならない。メディアと権力の内部にあるものは、意識的に権力的介入を忌避する姿勢を持たねばならない。ジャーナリズムの本質は反権力にある。このことは、日本の過去の苦い経験からの教訓であり、民主的諸国の公理でもある。

公共放送が国民の信頼を得るためには、いささかも権力とつながっているとの疑念をもたれるようなことがあってはならない。政府や与党や財界におもねっているとの疑惑は、ジャーリズムとしての権威の失墜そのものである。

今回の事件で明るみに出たことは、NHKは与党政治家の圧力に抵抗するのではなく、返って政治家の意向に添うかたちで番組を改編してしまったということ。民主主義社会の根幹である報道の自由、表現の自由、市民の知る権利が侵害されたのであり、国民の信頼を大きく損なったものである。このままでは、受信料不払いが増え続けることは当然だろう。

われわれは、このまま事態が進行して、NHKの国民に対する信頼回復ないまま、結局は分割・民営化されてしまうことを恐れる。これまで、商業主義・視聴率万能主義と無縁で良心的番組を作ってきたNHKのよき伝統が破壊されることを見るに忍びない。現場で働く人々のためにも、NHKの上層部が、政治権力からの圧力に毅然たる姿勢を貫くよう求める。まず、そのように宣言し、真摯に遵守されたい。

さて、次は安倍晋三議員にアポを取らなくては。


2005年02月24日(木)
石原慎太郎の差別発言断罪      

石原慎太郎という政治家の本領は弱者に対する差別にある。うっかり言葉に出してしまう、という体のものではない。確信犯としての差別主義者なのだ。女性差別、民族差別、障害者差別、そして思想による差別感覚を隠そうともしない。人間を人間として認め合う姿勢がそもそもない。人間の尊厳がまったく平等であることについて、本質的理解にかけるのだ。

本日午後1時15分、東京地方裁判所103号法廷で、彼の女性差別発言をめぐる訴訟での判決が言い渡された。河村吉晃裁判長の判決は損害賠償請求は棄却したものの、石原慎太郎の発言を、「このような女性の存在価値を生殖能力の面のみに着目して評価する見解が、個人の尊重、法の下の平等について規定する憲法、男女共同参画社会基本法、その他の法令や国際人権B規約、女性差別撤廃条約その他の国際社会における取り組みの基本理念と相容れないことはいうまでもない」「都知事として不用意な発言」、「不適切な表現が用いられている」と明確に批判した。断罪したと言ってよい。

言わゆる「ババア発言訴訟」である。石原慎太郎が、「閉経した女性が生きていることは罪であり無駄である」という発言をしたことについて、首都圏の女性131人が原告となって損害賠償請求と謝罪広告を求めた。2002年の12月の提訴以来2年にわたった訴訟。毎回の法廷での原告女性たちの意見陳述(陳述書)では、自分は子産みの道具ではないとの思い、子供を産みたくても埋めなかった女性たちの叫び、差別に苦しんできた思い、女性としての社会的存在への侮辱、今大きなバックラッシュにあっているつらい思いなどなどが語られたという。原告弁護団からの報告では、「涙なしには聞けないものでした。裁判官も泣いていることも少なくなかったのです」とのこと。

請求棄却の理由は、「原告個々人に対する発言ではなく、原告らの社会的評価が低下するわけでもない。金銭をもって償う必要がある精神的苦痛が生じたと認めることはできない」というもの。判決の主文はともかく、これだけ明確な事実認定と否定的評価を勝ち取っている。提訴した甲斐があったというものであろう。

とりわけ、判決は石原という人物の薄汚さをはっきり示した。石原は、「週刊女性」01年11月6日号のインタビューで「これは僕がいってるんじゃなくて、松井孝典(東大大学院教授)がいってるんだけど、文明がもたらしたもっともあしき有害なものはババアなんだそうだ。女性が生殖能力を失っても生きてるってのは、無駄で罪ですって」と述べたのだ。あたかも、女性差別が自分の意見ではなく松井教授の見解であるかのごとき発言。しかし、本日の判決では、「松井教授の説には、都知事の説明とは異なり、おばあさんに対する否定的な言及はみられない」と指摘。発言について「教授の話を紹介するような形をとっているが、個人の見解の表明」とした(朝日)。卑怯な石原発言によって傷つけられた松井教授の名誉も回復された。

石原は法的には勝訴だったが、政治的・道義的には完敗した。醜悪な品性が剥き出しになった、と言ってよかろう。131人の原告の皆様ご苦労様。次は、このような人物を都知事にしておけるかという都民の品性が問われる番だ。さしあたっては、こんな人物と握手のポスターを貼りだしている都議候補の品性を問わねばならない。


2005年02月25日(金)
「主権者学」が必要だ  

本日は、日民協・憲法委員会。「憲法学習会の工夫」という企画。上手に学習会を運営することは難しい。ベテラン講師・渡辺照子弁護士と、杉原泰雄先生にそのノウハウを学ぼうというのが企画の狙い。

学習会は、どうすれば充実したものにできるのか。継続し、運動にし、改憲阻止の力量をつけるにはどうすればよいのだろうか。杉原先生は、「一回の学習会は所詮一回だけの効果にすぎない。継続が力だ」とおっしゃる。ご自身が年16回の市民学習会を継続しておられる。「保谷市規模の街であれば、その学習会から育った100人の活動家が自治体を変える力量を持ちうる。これは可能だ。日野市の規模だと400人が必要。そこまではまだ届かない」とも。憲法学習会恐るべし、である。

以下は、杉原先生のお話の要約。
わが国の現状は、「ルールなき日本」である。国民が為政者に付託した国政がかくのごときありさまであれば、主権者である国民が政府を批判し統制しなければならない。それが立憲主義の本意である。ところが、その批判が起きていない。なぜか。多くの国民が「分からない」からだ。理解できないゆえのダメな政治の黙認、傍観なのだ。

多くの国民が、憲法が指し示す国のあるべき姿・進むべき方向が分からないと言う。ここが大きな問題。どうして分からないのか。憲法とは、もともと分かりにくい要素があるが、現在の解釈改憲が集積した状況下ではいっそうに分かりにくくなっている。こうして、国民は「欺かれた国民」(J・J・ルソー)という状態に陥っている。

そこで、どうしても分かるための学習が必要になる。君主に「帝王学」が必要な如く、主権者国民には「主権者学」が不可欠なのだ。教育基本法の前文に記載のとおり、「憲法の理想の実現は教育の力にまつべきもの」である。その学習は、学生や専門家の学習とは異なる。徹底して市民が学習主体であることにこだわり、市民が政治の貧困を批判できる力をつけることを目標とする。枝葉にこだわらず、原理・原則にこだわらなければならない。たとえば、憲法が授権規範であること。したがって「憲法に禁止と書いていないから、自衛隊はイラクへも行ける」は間違い。主権者が憲法で政府に授権した事項だけをなし得るのだ。

「知は力」であり、「継続こそ力」である。学習会を積み重ねて、市民は単なる聴衆から、自ら資料を読み、レポートを書き、報告する力量ある発言者に育っていく。そのような営みの中から、「憲法読本」(岩波ジュニア新書)や、「憲法の歴史」(岩波セミナーブックス)、「資料で読む日本国憲法」(岩波同時代ライブラリー)などが生まれた。活用していただきたい。

保谷や日野の学習会には、多くの弁護士の協力が役に立っている。ぜひ、全国の弁護士が市民への語り手としての活動に参加していただきたい。

渡辺照子弁護士は、「憲法を学ぶということは、夢を語ること、生きる希望を見出すこと、生きる勇気を獲得すること」だと言う。そのように人生と密着したものとして、憲法がとらえられているのだ。そして、「憲法を学んで、活用できる国民になること、改憲阻止の運動を担う一員となること」が、学習会の目的だとも述べた。これも、すごい言葉。このように聴衆に熱い思いで語りかけることができたらすばらしいことと思う。この姿勢を学びたい。

改めて、尊敬に値する先達に接することの幸運を思った。


2005年02月26日(土)
高金利社会を打破しよう  

本日、2月26日。帝都は寒冷なれども降雪なし。自衛隊に不穏な雰囲気の存在ありやなしや。青年将校の決起はなし。1936年の今日の事件が繰り返されることのないように願う。

午後いっぱい、「今こそ高金利社会を打破しよう!ー対商工ファンド最高裁判決1周年記念集会」。充実した集会だった。昨年2月20日、最高裁は商工ファンドの貸金業法43条の見なし弁済の主張をしりぞける画期的な判決を言い渡している。これを記念し、07年1月に出資法の金利規制見直しに向けての運動を盛り上げる第一弾の企画。北海道から九州まで、多くの消費者弁護士が参集した。そして、司法書士さんの活躍もよく分かる集会だった。

高利貸しとは、人の労働の成果をむしりとる商売である。消費者金融は人に不幸を売ってなりたつ職業である。高利・過剰融資・違法取り立てが「サラ金三悪」であるが根幹は高金利にある。

現在、利息制限法が民事的効果における上限金利を定め、出資法が刑事上許容される上限金利を画する。規制が民事・刑事の二元的になされていることが事態を分かりにくくしている。利息制限法は民事的な強行法規である。年15%(元本100万円以上の場合)の利息を支払うという契約は無効である。ところが、今のサラ金営業はこれを完全に無視したところでなり立っている。無法ワールドでうごめき、消費者の血肉を吸って巨額の利益を上げている。どうしてこうなるのか。答は、貸金業規制法43条にある。

貸金業法が成立するとき、自民党の議員立法で奇妙な規定が盛り込まれた。利息制限法の上限を上回る違法な超過利息がサラ金に支払われた場合、本来は支払いの義務ないものとして不当利得となり返還を要する。ところが、貸金業規制法43条はこれを一定要件のもと有効な弁済と見なすというのである。この「本来は無効で支払わなくてもよいが、支払うと返してもらえなくなる」という、奇妙な利息約定の範囲(15%以上、29.2%未満)をグレイゾーンと言っている。グレイゾーンこそ、サラ金のうごめく薄汚い環境である。

サラ金に手を出す人は余裕資金のない人。だから、高利の負担で返済不能となることが目に見えている。返済のために他の高利金融から借金をすることの繰りかえしで、負債の雪だるまはすぐに大きくなる。自己破産件数は、現在年間21万件。警察庁発表で、借金苦の自殺は毎年ほぼ9000人である。サラ金とは、自殺の温床をつくる商売でもある。この苛酷な現実を見れば、金利規制は当然だと思われる。ところが、事態は甘くない。世は規制緩和の時代、そして自己責任の時代なのだ。早稲田大学商学部板野友昭なる「学者」、吉野正三郎弁護士らは、金利規制の撤廃で論陣を張っている。国会でも業界の利益代表が規制金利の引き上げの論議を始めている。

そのような情勢下での本日の集会。出資法の規制金利を大幅に引き下げること、グレイゾーンという奇妙な環境をなくしようという全国集会。高利貸しが大きな顔をして不幸をばらまく社会を改めようという趣旨。宇都宮健児、木村達也、新里宏二ら、この分野で奮闘してきた人々が中心になっての企画。ここにも、頑張っている人たちがいる。

盛りだくさんの報告から、印象に残った二人の発言を紹介。まず、木村達也君。
「われわれの文化は、高利貸しという存在を唾棄すべきものとしてきた。正当な労務の提供や売買ではなく、高利をむさぼるということは恥ずべき行為と考えられてきた。表通りでできる商売ではなく、高利貸しは後ろめたく恥ずかしい存在だった。このことは、真っ当な庶民感覚として是認されるべきものである。
ところが、今その感覚がおかしくなりつつあるのではないか。テレビのコマーシャルや市場原理万能論の中で、高利貸しが大きな顔をする社会が形成されつつある。これは不健全な社会ではないか。マスコミも、裁判所も、研究者も、庶民も真っ当な感覚を取りもどさなくてはならない」
30年近くも、この問題に真正面から取り組んできた彼だから言える言葉。私もまったく同感だ。

もうひとり、佐々木憲昭さん。本日は、民主党、公明党、共産党、社民党からひとりずつ国会議員が参加して挨拶した。その中で、佐々木さんの発言は出色。ひときわ拍手も大きかった。一般論に終始せず、具体的に金利規制の必要性と方法に触れ、出資法だけでなく、利息制限法の上限金利の引き下げの提案もした。問題点を完全に把握している。国会外の運動と一緒になって高利金融の撲滅を勝ち取ろうという連帯の姿勢が共感を呼んだ。
「2003年7月のヤミ金融対策立法の際には、一歩前進ということでわが党も賛成した。しかし、必ずしも期待に十分に応えた立法とはならなかった。その後明らかになったところでは、業界からの政界工作が烈しく、政党・政治家への政治献金の効果も大きかった。我が党は、残念ながら議会内では少数。より良い法律を成立させるためには、皆さんの運動、運動による世論の形成が鍵となります。社会の不合理を根絶するために一緒に頑張りましょう」

私は、この人に会ったのは初めて。このような議員に当選してもらいたい、国会ではこのような議員に活躍してもらいたい、と思わせるに十分な発言だった。


2005年02月27日(日)
国旗・国歌抜きのSOに学ぼう  

陛下だの殿下だのがお出ましのイベントは、うさんくさくてなじめない。スペシャルオリンピックス(SO)もそのひとつ。皇太子夫人は「公務として競技観戦」することになっていたという。庶民から見れば、なんとラクチンなお仕事だが、今回はこれも見送りだそうだ。このイベントには、正直のところそれ以上の関心はなかった。

ところが、26日の朝日夕刊の記事に刮目した。私はあさはかだった。この大会は、国旗・国歌抜きなのだ。表彰式で、国旗を掲揚したり国歌を演奏することはない。「大会は、国や地域のメダル獲得競争ではなく、参加者全員のがんばりを認め合う場だからだ」「この理念の下に集まった選手たちの思いは共通している」と報じられている。

大会の地元運営組織(SONA)は、「業務時間以外の応援であっても、国旗の使用は避けてください」とボランティァや関係者に呼び掛けているそうだ。現に開会式でも、入場する選手団の手に国旗はない。日本選手団の公式ユニフォームにも日の丸はないとのこと。

「国境にも宗教の違いにもこだわらないSOこそが世界で最も平和な催しです」という、組織幹部のメッセージが紹介されている。「知的障害者を隔てる壁は存在しない」「SOの選手には北も南も関係ありません」と関係者のコメントが続く。これはすごいことだ。一種の奇跡ではないだろうか。こんな大会なら文句なしに、応援したい。

「皆で集い、共に楽しもう」が、合い言葉だという。開会式での選手宣誓は那覇市の新垣里奈さん(17)だった。長野での冬季大会に沖縄の選手の宣誓というのも配慮を感じる。「たとえ勝てなくても、がんばる勇気を与えてください」との宣誓だった。小泉首相が開会を宣言した。自ら望んでのことだという。その意気やよし。皇太子は「多くの方々と交流し、ともに楽しんでいただくことを心から希望いたします」とあいさつしたそうだ。

国旗国歌抜きの国際大会は、SOだから出来たことであろうか。SOでなくては出来ないことであろうか。近代オリンピックも、「勝つことではなく、参加することに意義がある」はずではなかったか。SO同様に、「大会は、国や地域のメダル獲得競争ではなく、参加者全員のがんばりを認め合う場」「スポーツマンを隔てる壁は存在しない」「スポーツには北も南も関係ありません」というのが、建前ではないか。

オリンピックも、ワールドカップも、ナショナリズムとコマーシャリズムに汚染され切っている。国旗・国歌のない国際大会を望む。SOの実践に学びたい。


2005年02月28日(月)
「立川反戦ビラ入れ弾圧事件」の記録   

早いもので2月も末。毎月、月末締め切りの約束をすることが多い。2月の月末はあっという間にやって来る。そろそろ日付が変わる時刻だが、やり残した仕事がいくつもたまっている。2月が28日しかないのはローマの権力者の恣意による。いつの世の権力者も私の敵だ。

街から反戦の声が消えるとき国立二小弁護団会議で、支援の教員から勧められるままに一冊の新刊書を購入する。「街から反戦の声が消えるときー立川反戦ビラ入れ弾圧事件」。昨年2月27日の逮捕から12月16日の一審無罪判決までの闘いの記録。著者はミニコミ誌ライターの宗像充、出版社は国立市の樹心社、ともに知らない名。だが、この本、今貴重な記録である。鮮度の落ちないうちに一読をお勧めしたい。ここで語られている生の事実が、時代をよく表している。

2004年2月27日、反戦市民団体・立川テント村関係者が弾圧された。逮捕者3名、捜索差し押さえ6カ所に動員された警察官は60名だったという。その容疑も規模も、弾圧というにふさわしい。被疑事実は、「自衛隊のイラク派兵反対」というビラをポストに入れただけのこと。これが住居侵入だという。彼らは逮捕され、起訴され、保釈まで75日間を勾留された。捜索差し押さえでは、パソコン、ケイタイ、PDA、名簿類がごっそり持って行かれた。

市民生活を送る者が突然逮捕される、これがいかにたいへんなことであるか。押さえた筆でよく書き込まれている。弾圧とは、いかに理不尽で、非道なものであるか。権力とはいかに冷酷なものであるか‥。警察の暴走に歯止めをかけられない検察官、メクラ判で令状を発する裁判官。なんのための法律家か‥。

弾圧された人々が、右往左往しながらも、懸命に闘っている。手ひどい扱いを受けながらも、けっして非道に屈してはいない。その姿に励まされる。たいしたものだとも思い、人は追いつめられればここまで強くなるものか、とも思う。

いま、以下の4事件が熱い。
目黒社会保険庁職員に対する公選法弾圧(公務員の選挙運動禁止違反)。
立川テント村・反戦ビラ入れ弾圧(住居侵入)。
葛飾政党ビラ入れ弾圧(住居侵入)。
板橋高校卒業式発言弾圧(威力業務妨害)。
立川テント村事件だけが一審無罪で控訴審に係属中。他の3事件は、いずれも無罪・公訴棄却を主張して一審で法廷闘争中である。4月6日夕刻にはクレオ(日弁連講堂)で、4事件弁護団共催のシンポジウムが開催される。

政党政派の別を超えて、理不尽な権力の暴走に共同して声を上げなければならない。暴力団だから、オウムだから、過激派だから、多少のことはやむを得ないとはならない。次は、自分の番になる。戦前の反戦言論に対する弾圧、思想弾圧の過ちを再び繰り返してはならない。真剣にそう考えねばならない時代なのだ。


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