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◆特集にあたって
昨年、安保関連法案の審議のさなか、多くの憲法学者からの批判にさらされて、「国民の生活に責任を負うのは(憲法)学者ではない。政治家だ」と弁じた与党政治家がいた。それは、学問と政治の「関係」を二重の意味で捻じ曲げる発言であったと言える。すなわち、そこには、学理に基づく批判に対する権力の居直りと、政治から自立した学問の意義を否定する姿勢が同時に込められている。こうした学術と大学に対する権力(政治権力のみならず経済権力も含めて)の居丈高な姿勢は、今日の政策の基調をなしている。
いま、学術と大学は大きな岐路に立たされている。
この間、政府は、高等教育に競争政策を持ち込み、一方で財政赤字を理由に基盤的経費を削減し学費値上げを容認するとともに、他方で財界などが要求する重点研究・教育を行う少数の大学には厚く資金配分する差別的政策をとってきている。これにより多くの大学で研究・教育条件が劣悪化するなか、非常勤講師の待遇へのしわ寄せや、あるいは軍事研究への加担の動きが顕著となっている。また日本の奨学金制度は、奨学金の名に値しない教育ローンが中心になっており、その結果、学費を払えない学生の教育権が奪われている。加えて、人文社会系や教育系学部などの廃止・縮小を要請する政策、大学への日の丸・君が代の「強制」など学問の自由を踏みにじる動きもある。こうした政府が進める大学政策に抗して、学生や市民が望む大学づくりを探る特集を企画する。
中富論文では、近年の政府の大学政策の動向を分析し、これに抗して大学で研究・教育に従事することの意義について、憲法の視座から論じていただいた。
岡村論文では、労働環境が厳しい中、教育ローンにすぎない奨学金が学生の学ぶ権利を侵している現状を分析しつつ、その克服に向けての取り組みについて論じていただいた。
松村論文では、今日の日本の大学の問題点を非常勤講師の置かれた状況から照らし出すとともに、その打開の方向性について、非常勤講師組合の取り組みなどを紹介しつつ論じていただいた。
いずれも、大学・教育関連の労働組合で中心的な役割を担う多忙な中でご寄稿いただいた渾身の論文である。
成澤論文は、近年強められている国立大学への日の丸掲揚・君が代斉唱の強制について、最近の事例に対して憲法学者の反対声明を取りまとめた経験も踏まえて論じていただいた。
三宅論文は、この間ご自身が「遭遇」した地方議会議員による大学教育への攻撃に関して、これに対抗して学問の自由、大学の自治を守る取り組みの経験も踏まえて、論じていただいた。
いずれも、こうした攻撃への大学や研究者集団による共同の取り組みの重要性を教えてくれる。
特集の最後をかざる論文を執筆いただいた小森田氏には、昨年の司研集会での報告を踏まえて二〇一五年一二月号でも「大学政策と人文・社会科学」をご寄稿いただき、この間の政府の大学政策への鋭い批判を示していただいたが、そこでの知見も踏まえつつ、大学導入教育としての法学教育のご自身の実践例について紹介していただいた。高等教育、法学部教育の現状と将来像についても示唆に富む論稿である。
なお、本号の「連載企画 憲法九条実現のために」に寄せていただいた赤井論文は、最近急加速する軍学共同とそれとの闘いについての貴重な論稿である。本特集のテーマにも深く関連するものであり、あわせてお読みいただきたい。
今日の大学と学術にかけられている攻撃に対してどのようなスタンスで立ち向かうか。大学で学び、働く者の共同の取り組みが求められている。依るべきものは、日本国憲法の二三条「学問の自由」と二六条「教育を受ける権利」という二つの柱である。
そしてその際、次のようなユネスコの学習権宣言(一九八五年)も手掛かりにしてはどうだろうか。
学習権とは、読み書きの権利であり、
問い続け、深く考える権利であり、
想像し、創造する権利であり、
自分自身の世界を読み取り、歴史をつづる権利であり、
あらゆる教育の手だてを得る権利であり、
個人的・集団的力量を発達させる権利である。
高市早苗総務相は京劇女優のようにみえ毛沢東夫人江青に似ており、稲田朋美自民党政調会長は知的にみえ中国外務省報道官華春瑩に似ている。なぜだろうかと、ずっと疑問に思っていた。
2012年自民党改憲草案は、近代的立憲民主主義と相いれないもので、明治憲法(大日本国憲法)との類似性が大きい。中島岳志・島薗進著の『愛国と信仰の構造?全体主義はよみがえるのか』によれば、日本は中央集権化が始まる近世から現代にいたるまで、断続的に儒教文明の国家主義の影響が強まっており、天皇親政の祭政一致という理念に変奏され、明治国家は中華帝国のミニチュア版をつくったものとみることができるという。安倍内閣は、安倍首相をはじめ、戦前の宗教ナショナリズムにもとづく日本会議に密着した政治家が中枢をしめ、急速に全体主義の傾向をあらわしつつある。2014年に秘密保護法がつくられ防衛・外交等あらゆる分野の情報を国民に秘匿することができるようになり、15年に戦争法(安保関連法)が成立し米軍につきしたがって海外派兵して戦争できるようになり、今年1月からにマイナンバー制度が施行され全国民を国家の監視のもとにおくことができるようになった。この間にNHKをはじめマスコミがかなり統制されるようになった。5月の伊勢志摩サミットで、安倍首相は主要7カ国の首脳を、国家神道の頂点にある伊勢神宮で出迎えた。伊勢神宮の大宮司は日本会議の顧問でもある。自民党改憲草案は、憲法を根本的全面的に変えて立憲主義を否定し、集団主義的秩序をおもんずる東アジア的な権威主義的体制をつくりあげようとしている。
国境なき記者団の報道の自由度ランキングは、日本の全体主義的な動きを敏感に反映している。2010年に11位だった日本は、15年には61位、16年には72位と順位を下げている。近年は、日本と同様に米国の衛星国家である韓国や台湾と比べても、日本の報道の自由度は低い。韓国と台湾はすでにミニ中華帝国版軍事独裁国家をへて、民主主義的な体制に歩みはじめ、韓国は2015年には60位であり16年には70位である。台湾は15年16年とも51位である。
今年5月3日の憲法記念日にさいして世論調査がおこなわれたが、改憲への国民の警戒感は強まっている。朝日新聞の調査によれば、憲法を変える必要の有無について「変える必要がある」との回答が2013年に54%であったが、16年に37%に減っている。これに対して、「変える必要はない」との回答は、13年に37%であったが、16年に55%に増えている。憲法9条も「変えない方がよい」が15年の63%から16年には68%に増え、「変える方がよい」の27%を大きく上回った。戦争法(安保関連法)に反対は53%で賛成は34%である。国民の意思は憲法「改正」反対にある。
安倍首相は、小選挙区制のもとで6分の1の有権者の票をえれば衆院選で圧勝できるし、従順な国民は政府にしたがうものとみている。自分の任期中に改憲を実現したいというのは本気である。しかし、秘密保護法や戦争法にたいする反対運動のなかで、無党派市民層が動き国政選挙で野党の共闘をもとめるにいたった。世論調査をみると最大野党民進党も単独で政権交代可能な議席をえられず、4野党が協力する必要がある。各地で市民連合が選挙での野党共闘をもとめるのは当然である。
台湾では国民党政権に抵抗した学生運動(ひまわり革命)が世論をもりあげ、今年1月の総統選挙で国民党が敗北し民進党への政権交代が実現した。同時におこなわれた立法委員選挙でも民進党が過半数をえた。韓国でも今年4月に総選挙がおこなわれたが、朴槿恵大統領の与党セヌリ党は過半数をえられず敗北した。高失業率など若者の不満が背景にあると報道されている。安倍政権に対する学生運動(SEALDs)による世論喚起は国政選挙で野党を勝利させ、立憲主義へと舵を切る政権交代を実現できるだろうか。
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