日民協事務局通信KAZE 2015年6月

 大阪夏の陣・維新落城をことほぐ


* 秀吉の死は慶長三(一五九八)年八月。辞世は、「つゆとおちつゆにきえにしわがみかな なにはの事もゆめの又ゆめ」。その後慶長二〇(一六一五)年五月大坂夏の陣で難攻不落と謳われた大阪城が陥落し豊臣家は滅亡した。ちょうど四〇〇年前のこと。同年七月家康の意向で、慶長は「元和」と改元される。一五〇年続いた戦国の動乱が終息して、まさしくこの年が「平和元年」となり、太平の世が開けた。世にいう「元和偃武」である。
* 本年五月の大阪市住民投票も夏の陣さながらであった。戦に決着がつき、大阪都構想は夢のまた夢浪花の露と消えた。維新大阪は落城し、その野望もつゆとおちた。城主は公約の通り切腹を約した。これで太平の世が開く条件が整った。まずは目出度い。
 大阪市民・府民のために喜ぶべきことであっただけでなく、憲法の命運にも明るい話題。「橋下徹?安倍晋三・最悪コンビ」による改憲推進の構想はなくなった。これで維新内での親安倍政権グループの勢が失せ、反政権派が元気になっているように見える。けっこうなことではないか。
* ところで、大阪市民を二分した「都構想・住民投票」の狂騒で真に問われたものは、大阪都構想の当否でも大阪市の解体の是非でもなかったようだ。実は、民主主義の質が問われたのではなかろうか。
 一人ひとりが責任ある政治主体として維新から示された「青写真」や「展望」をじっくり見据えて自分の頭で判断しようとするか、それとも、香具師の口上よろしく耳に心地よく語りかける政治宣伝にお任せするか、そのどちらをとるかなのだ。生活の困窮や鬱屈の原因を突きつめて考えるか、考えるのは面倒だからさしあたりの「身近な既得権者攻撃」に不満のはけ口を提供するポピュリストに喝采を送るか、という選択でもある。
 理性にもとづく下からの本来的な民主主義と、感性に訴えかける上からの煽動による擬似的民主主義。成熟度の高い民主主義と、未成熟な民主主義。正常に機能している民主主義と、形骸だけの民主主義。独裁を拒否する民主主義と、独裁に根拠を与える民主義。本物の民主主と偽物の民主主義、などとも言えるだろう。
* 反ポピュリスト連合は、この夏の陣には勝利をおさめた。しかし、これで「太平の世」が開けたと喜ぶことはできない。
 ベルトルト・ブレヒトは、その著「戦争案内」の最後で、ヒトラーの写真を指しつつ、こう言っている。
 こいつがあやうく
 世界を支配しかけた男だ。
 人民はこの男にうち勝った。
 だが、あまりあわてて
 勝利の歓声をあげないでほしい。
 この男が這いだしてきた母胎は、
 まだ生きているのだ。
* 今回の狂騒が意味あるものであったとすれば、民主主義の質について考える素材と機会が提供されたということであったと思う。僅差ではあったが、大阪市民は優れた選択をした。この成果は、露と消すことなく大切にしたい。

(弁護士 澤藤統一郎)


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