|
|||
|
◆特集にあたって
昨年末の総選挙での自民・公明の与党の現状維持、すなわち衆議院での三分の二の確保という結果によって、政府与党が、改憲攻勢をより大胆にかつ周到に仕掛けてくる条件が整った。憲法をめぐる「たたかいの構図」が鮮明になった選挙結果でもあった。安倍政権の改憲策動の「野党応援団」である維新の党の退潮、みんなの党の解散、とりわけ次世代の党の壊滅的後退などが、それを浮き彫りにしている。その一方で、安倍改憲路線に明確に反対姿勢を貫いてきた日本共産党や「オール沖縄」の躍進・勝利は、改憲策動を阻む力の結集、その顕示として希望を抱かせてくれた。
そうしたなか、年末からこの間に、安倍首相の言う「安全保障法制の整備」なるものの検討状況が、報道機関を通じて伝えられている。政府与党は、国民からの批判を気にしてか、四月の統一地方選挙までは、法案の策定作業を「ひた隠す」気配である。そうであるならば、私たちは、年頭から出足鋭く、改憲策動を徹底的に批判する論陣を展開していこうではないか。
伝えられる安全保障法制の検討状況によって、こうした閣議決定の問題性が一層明らかとなりつつある。その内容は以下のようなものだ。
@集団的自衛権行使容認に合わせて、他国への武力攻撃でも政府が「国の存立を脅かす事態」(存立事態)と判断すれば武力行使ができるよう、武力攻撃事態法に規定を置く(あわせて自衛隊法も改定する)。
A武力攻撃に至らないが警察や海上保安庁では対処できない事態(いわゆるグレーゾーン事態)において、自衛隊が迅速に出動できるよう手続きを見直す。
B侵略行為をした国などに制裁を加える国連安保理決議に基づく活動や、米国を中心とする対テロ作戦のような有志連合の活動を想定し、他国軍への物資の補給や輸送などの後方支援を随時行えるようにする自衛隊派遣恒久法を制定する(これに関連して周辺事態 法の廃止も検討されているとのことである)。
C国際的な平和協力活動などで「駆け付け警護」に伴う武器使用や「任務遂行のための武器使用」ができるようPKO協力法を改定する。
仮にこれらがすべて実行されるとすると、憲法九条のしばりはなくなったも同然である。閣議決定時に自民・公明両党が示した「憲法の基本的な考え方は、何ら変更されていません」、「自国防衛の核心部分は堅持され、基本的考え方は全く変わっていない」などという説明は、とんでもない大ウソだったことになる。だからこそ、法案の策定作業を隠しておきたいのであろう。政府の「秘密体質」は、二〇一四年一二月の秘密保護法の施行によって強化されているようだ。
以上のような情勢のもと、特集「戦後70年」と憲法をめぐるたたかいを、二部構成でお届けする。
特集Tの?「戦後70年」・私たちの不戦の誓い?は、「2015=戦後70年」という節目の年頭に当たり、二度と戦争をしないために、もっと平和なアジアと世界を実現するために、戦後の平和の基軸となってきた日本国憲法九条を守るために、それを脅かすさまざまな動きを食い止めるために、「私たちは何をなしうるか、なすべきか」を、会内外、国内外の論者に、縦横に語ってもらった。
特集Uの?2015・憲法をめぐる闘いの展望?では、特集Tのさまざまなメッセージを受けとめて、総選挙後の新たな政治枠組みのもとで、二〇一五年以降の憲法を守り・活かす運動に協会としてどう取り組んでいくか、総選挙により生まれた政治情勢と二〇一三年から進めてきた法律家団体による改憲反対の共同の取り組みなどを踏まえて展望する。
今年も、またこれからも、多くの会員とそして読者が、憲法課題への本協会の取り組みに参加・結集されることを強く呼びかける。
◆ 二〇一五年は、第二次世界大戦・アジア太平洋戦争の終戦から七〇年の年です。
昨年暮れの解散・総選挙は、大義なき解散による仕組まれた選挙とか、失政かくしで時間かせぎの「リセット選挙」とか評されましたが、結局戦後最低の前回を大きく下回る僅か五二・六六%の投票率で自民公明両党が三二六議席を獲得することになりました。しかし自民党自体は議席を減らし、全有権者の僅か四分の一の得票しか得ていません。それなのに巨大な議席を獲得したのは小選挙区制度の恩恵に過ぎません。
ただ、沖縄の全区で自民党に議席を失わせたこと、小なりと雖も共産党ひとり大躍進を果たしたことが、政権与党の急所をついた快挙と注目されます。
◆ ところで「戦後七〇年」の問題ですが、この節目の年に安倍首相がどいう談話を出すのか昨年来注目されてきています。なにせ靖国参拝等で中韓との関係を極度に悪化させたうえ、「戦後レジームの脱却」というかねてからの彼の言動故に、アメリカの主要メディアからも「右傾政権」と疑問視されている状況で、今回の「圧勝」に乗って、一体何を語るのかという懸念が広まってきているわけです。
はたして安倍政権は、一月五日に伊勢神宮参拝の機会に記者会見を開き、アベノミクスのもと大胆な改革を進めていくとの所信表明とともに、「戦後七〇年」の問題については、村山談話を含め歴史認識に関する歴代内閣の立場を全体として引き継ぐ」と述べるにとどまり、「侵略」や「おわび」といった言葉を明確にするかどうかはあいまいのまま終始しました。
翌一月六日官邸で開かれた政府・与党連絡会議で、「安倍政権として、今後アジア太平洋地域のためにどのような貢献を果たすのか、世界に発信できるものを、英知を結集して、新たな談話に書き込んでいく」と表明しました。……またお友達でも集めて議論させるのでしょうか。
他方、関係各国も「安倍談話」に注目しており、米国務省のサキ報道官は、「これまでに村山元首相と河野元官房長官が談話で示した謝罪が近隣諸国との関係を改善するために重要な区切りだったというのが我々の見解だ」と重大な関心を示しています。また中韓両国外務省も同様であり、中国は本年を「反ファシズム戦争勝利七〇周年」と位置づけています。
このような緊張関係の中で安倍首相の本音と建前がどう使い分けられるのか見逃すことができません。
◆ そもそも一九三二年生まれで現在八二歳の筆者からみれば、長年の「侵略」に耐え勝利した中国が本年を、「反ファシズム戦争勝利七〇周年記念」と位置づけるのは当たり前のことです。何十万の日本軍が中国大陸に続々と侵入していったことも、遙か四川省の山奥にまで攻撃機編隊が長駆して重慶市に無差別爆撃をくり返していたことも、子供心にも鮮明に覚えていることです。
余談ですが、筆者は、終戦のたった三カ月前の名古屋空襲で父を失い自らも負傷しています。
戦争の生身の体験など何一つなくひたすらA級戦犯の祖父への憧憬だけが目立つ人物には、日中韓いずれにせよ、人民の戦火の苦しみなど理解する感性さえ欠けているのかもしれません。
◆ 思えば大変な人物が政権を維持しているものだと思います。
何ともならぬ深刻な格差拡大など様々な弱点があるにせよ、巨大議席が狡猾にかすめとられたものであるにせよ、日本の憲政史上内閣総理大臣にこれ程権限が集中した時代は無いとも論評されています。「一強五弱」といわれる勢力配置や、リベラル派が欠落した党内状況をみても、安定度は抜群というわけです。
彼はその権勢を笠にして、沖縄県知事の閣僚面会や予算会出席の拒否とか辺野古への資材搬入強行とか次々と民意に反する施策に手をつけています。原発もどんどん再稼働させようとしています。まさに「強権政治」そのものです。
「戦後七〇年」は天下分け目の対決になるでしょう。断固悪政を押し返すための眦を決した闘いに思いを馳せる次第です。
©日本民主法律家協会