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 法と民主主義2013年10月号【482号】(目次と記事)


法と民主主義2013年10月号表紙
特集★東京大空襲訴訟最高裁決定を問う
特集にあたって………黒岩哲彦
◆東京大空襲訴訟最高裁決定から司法のあり方を考える──戦後補償裁判の憲法学的考察──………内藤光博
◆上告棄却決定の不当性とこれからの立法化運動………中山武敏
◆怠慢にして受忍できない最高裁決定──大空襲が「戦争犯罪」であること「国際法違反」であること──………坂井興一
◆上告人らの被害とその救済の必要性………北澤貞男
◆戦争被害受忍論批判と特別犠牲を強いられない権利………原田敬三・内藤雅義
◆「立法不作為」判断を放棄した最高裁の責任………児玉勇二
◆空襲被害者 これからの闘い………杉浦ひとみ

特別企画●注目の最高裁判決から
◆婚外子相続分差別違憲決定に寄せて………榊原富士子
◆薬害イレッサ訴訟最高裁判決について………永井弘二
◆米兵犯罪についての米軍上司の監督権限不行使の違法性………中村晋輔
  • ◆シリーズV「若手研究者が読み解く○○法 Part2」8「都市法」都市法を基礎づける原理の探求へ………小川祐之
  • ◆リレー連載●改憲批判Q&A 3 いまなぜ天皇元首化が?………渡辺 治
  • ◆トピックス●消費税税率引上げ決定の検証………奥津年弘
  • ◆リレートーク●明日の自由を守るために〈7〉加憲の前に法的整備を!─ある刑事被害者の願い─………神保大地
  • ◆委員会報告●司法制度委員会/憲法委員会………米倉洋子/小沢隆一
  • 時評●わが沖縄は日本か?………伊志嶺善三
  • KAZE●その夜 月は十一夜………佐藤むつみ

 
東京大空襲訴訟最高裁決定を問う

特集にあたって

 東京大空襲により受けた人権侵害と被害の回復を求めた被害者の訴えを最高裁第一小法廷(横田尤孝裁判長)は二〇一三年五月八日付で原告側の上告を棄却した。上告棄却の理由は「民事訴訟法の上告と上告受理の条項に当たらない」というもので、事実上の門前払いである。この最高裁決定は、被害と権利侵害に向き合い、人権侵害と被害回復を判断するという司法の本来の任務を放棄したものといわざるをえない。東京大空襲訴訟は「過去の責任」のみならず現代の課題を問うている。
 第一は、戦後補償問題に対する司法の姿勢を問う課題である。空襲訴訟は戦後補償裁判の一つと位置付けられる。日本の司法は、下級審で慰安婦裁判や強制連行・労働訴訟において、例外的に勝訴判決が下されたり、和解が成立したりしているが、本件東京大空襲訴訟最高裁決定も含めて全体的には極めて消極的な姿勢をとり続けている。歴史認識問題に対する日本政府の対応に国際的な批判が高まっているなかで、日本の司法の姿勢を厳しく問うことは現代的な課題である。
 第二は、改憲により、日本を再び「戦争をする国」に変えようとする動きが強まっているが、この訴訟は、戦争が最大の人権侵害であることを明らかにしている。防空法は一九三七年に制定され、一九四一年の改正で退去禁止規定が新設され、また、命令により応急防火規定(八条の三)が新設され、退去禁止に違反した者は罰則が科された。退去禁止や防空・消火義務のため、多くの国民は空襲が予想された場合でも、そこにとどまり消火せざるを得ない状態におかれた。しかし、一般空襲被災者は、軍人・軍属と異なり、補償の対象外である(青井未帆『憲法を守るのは誰か』一三一頁以下(幻冬舎ルネッサンス新書・二〇一三年七月五日))。東京高等裁判所二〇一二年四月二五日判決は東京大空襲の被害を次のように認定した。「原告本人尋問(原審・当審)における供述並びに判決のとおりです。原告らの陳述書によれば、空襲及びそれに伴う熱風烈火の中を必死に逃げまどい、自ら傷つき、あるいは親、兄弟等の近親者を失った者、疎開や出征のため自ら空襲に遭うことはなかったが、親兄弟等を失い、孤児等として苦労を重ねた者、その後も後遺障害や自分が生き残ったことについて自責感に悩んでいる者など、その態様は様々であるが、原告らが東京大空襲によってそれぞれ多大の苦痛を受けたことが認められる。したがって、原告らが、戦後の立法により各種の援護措置を受けている旧軍人軍属等との不公平感を感じ、原告らのような一般戦争被害者に対しても、救済や援護を与えるのが国を責務であるとする原告の主張には、心情的には理解できるものがある」。
 第三は、犠牲の強制としての受忍論克服の課題である。司法は、「戦争被害ないし戦争損害は、国の存亡にかかわる非常事態のもとでは、国民のひとしく受忍しなければならないもの」とする戦争被害受忍論を、在外財産訴訟最高裁大法廷一九六八年一一月二七日判決をリーディングケースとして採用している。この受忍論の思想は、福島原発事故では、「非常時」を理由に、作業員が高線量の被曝を余儀なくし、福島県民に被曝を強いている。(直野章子『被ばくと補償』一九二頁以下(平凡社新書・二〇一一年一二月一五日)、斎藤貴男『「東京電力」研究排除の系譜』三二八頁以下(講談社・二〇一二年五月三〇日)、高橋哲哉『犠牲のシステム』四一頁以下(集英社新書・二〇一二年一月二二日))。また、沖縄は、普天間基地やオスプレイなど日米安保体制における「犠牲」を強いられている。(高橋哲哉前掲一五七頁以下)。受忍論の克服は、空襲被害者や被爆者のみならず、原発問題や沖縄の闘いの現代的な課題である。
 第四は、戦争被害者救済の立法課題である。東京高裁判決は、「原告の主張自体、十分に理解できるところがあるし、戦争被害を記憶にとどめ、語り継いでいくために、被害者の実態調査や、死亡者の埋葬、顕彰は重要なものであることも否定することができないものであると考えられる。その意味で、被害者の実態調査や、死亡者の埋葬、顕彰等についてできるだけ配慮することは、国家の道義的義務であるという余地は、十分にあり得るものと考えられる」と国家の道義的責任を認め、「国民自身が、自らの意思に基づいて結論を出すべき問題、すなわち国会が、様々な政治的配慮に基づき、立法を通じて解決をすべき問題」として国会が解決すべき問題と明示した。
 東京大空襲訴訟が、現代の課題を問うものであることを理解して頂くことに本特集が役にたつことを願うものである。

東京大空襲訴訟弁護団 事務局長 黒岩哲彦


 
時評●わが沖縄は日本か?

伊志嶺善三(弁護士)

 日本最南端、人口一%(約一四〇万)、国土の〇・六%の沖縄は四七都道府県の一つである。だが顧みるに、沖縄は日本から独立した小さな国であった。一五世紀の始め、統一した琉球王国が誕生。中国と冊封・朝貢体制にあったが中国の主権には属しない独立国であった。海洋交易で栄えた。
 一六〇九年、薩摩藩は軍団により琉球を侵略し幕藩体制下に組み込む。明治政府は、一八七九年武力を背景に琉球藩を解体し、沖縄県を設置(琉球処分)。五〇〇年続いた琉球国は消滅し、日本の一県となる。
 昭和一九年の10・10空襲で沖縄は那覇を中心に壊滅する。沖縄への米軍上陸が迫った二〇年二月、近衛文麿は天皇に、敗戦は必至であり、戦争終結をと上奏したが叶わず。同三月下旬米軍沖縄上陸。住民を巻き込む激烈極まる国内唯一の地上戦。鉄の暴風。軍は住民を護らず、軍の犠牲を上廻る一〇万余の住民が死亡、沖縄は廃墟となった。近衛上奏に拠ったなら沖縄戦も6・9原爆もなかったのだが。
 沖縄は本土防衛の時間稼ぎの捨て石にされた。
 沖縄を占領支配した米軍は、銃剣とブルで基地造築に突進。極東随一の基地は、米の戦争遂行の要石となる。住民の人権と自治は剥奪された。ポツダム宣言を受諾した日本は占領軍の支配下に入るが、一九五二年四月二八日発効のサ条約により占領支配を脱し、一応の独立を果す。片や沖縄は、同条約により日本から切り離されて米の施政権(事実上の軍事支配)下に置かれ、米の戦争の要石であり続けた。4・28は、沖縄を切り捨てた屈辱の日。しかし安倍内閣は、その日が日本が主権を回復した記念すべき日として沖縄の猛反撥を押し切り式典を開いた。同日沖縄は、式典は県民に二重の屈辱を強いるものとして急遽大会を開き怒りを爆発させた。
 遡るが、米軍支配に苦しむ沖縄は、団結して復帰協を結成、基地のない平和な沖縄を求めて強力な復帰運動を展開、一九七二年五月一五日日本への復帰を果した。しかし待っていたのは平和憲法ではなく、全土基地方式の安保と米軍特権集とも言うべき日米地位協定であった。今なお〇・六%の沖縄に全国の七四%の米軍基地がある。基地被害、軍人・軍属による事件・事故の多発、人権侵害。その頻度は、本土と大きく異なる。基地は経済発展の阻害要因。沖縄の県民所得は全国最下位、失業率は全国最高。
 普天間基地は、学校など公共施設の多い住民地域のど真ん中にあり、世界一危険。日米両政府は、昨年一〇月県民の強い反対を押し切り、オスプレイを強行配備。去る八月オスプレイの強行配備予定日に、米軍HH60輸送ヘリが基地内に墜落炎上、恐怖に襲われた県民の憤激の中、数日置いてオスプレイ11機の追加配備が強行された。去る八月二六日には、米ネバダ州で同型オスプレイが着地に失敗、乗員脱出後炎上。紛れもなくオスプレイの墜落である。今月からオスプレイの訓練が本土拡大予定。
 安倍政権は、口先では「負担軽減」を枕言葉にするが、やることは基地強化など負担増のオンパレード。アベコベノミックス…?
 復帰四一年の五月一五日、琉球新報は、日米の沖縄政策を「植民地政策」と批判し、自己決定権を取り戻すには独立しかないとの意見の増大を報じ、自ら「自己決定権の尊重を」と訴えた。その二日前、姜尚中教授も沖縄独立論を表明。注目すべきは、復帰記念日に、学者・研究者らにより「琉球民族独立総合研究学会」が設立され、琉球民族は、日本から独立しすべての軍事基地を撤去しようとの趣意が表明されたこと。多数意見ではないが同調意見が増えている。
 軍事評論家の田岡俊次氏曰く、「戦争は基地の叩き合いから始まる。沖縄は戦場となる」。
 沖縄は、このままでよいのかとの思いが募るこの頃である。



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