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■特集にあたって
七月の参議院選挙の結果は、自民・公明の与党による安定多数の確保、民主党の激減、失速しながらも一定の地歩を確保した日本維新の会とみんなの党、「反自民」の受け皿としての共産党の躍進、存亡の危機を迎えた社民党と生活の党、みどりの風の消滅という様相を呈した(この選挙で各党が、憲法・改憲問題で何をどう訴えたかについては、本誌七月号の「改憲批判Q&A」を参照されたい)。ともかくこれで、衆議院の解散がない限り、次の二〇一六年参議院選挙までの国会の勢力配置が固まり、首相は、向こう三年間、同様にしばらく政権を担当することになるアメリカのオバマ大統領、中国の習近平国家主席、ロシアのプーチン大統領、韓国の朴槿恵大統領、北朝鮮の金正恩第一書記らと外交で渡り合う絶好の地位を得た。腰を据えて東アジアが抱える難問に取り組むことが期待される。
ところが、日本は、こうした政治・外交の重要局面を、皮肉なことに、安倍晋三首相、麻生太郎財務大臣(金融担当大臣・内閣総理大臣臨時代理いわゆる副総理も兼務)、石破茂自民党幹事長という「最悪の布陣」で迎えている。彼らは、この間、「侵略の定義は、国際的に定まっていない」(安倍)、「ナチスの手口を学んだらどうか」(麻生)、(自民党の改憲案に関わって)「軍の規律に従わない場合は(審判所で)死刑」(石破 2013年4月21日放映のBS?TBSの番組での発言)などを口にしている。このように、国政のリーダーシップに求められるべき、政治と外交についての、正確な歴史認識を踏まえたバランスのとれた知見とスタンス、憲法の扱いや安全保障をはじめとした政策課題についての、一方的かつ偏狭ではない、過去の憲法解釈や外交面での合意に則った包容力のある政治姿勢などの資質を備えているか疑問符を打たざるを得ない政治家が、最重要ポストに就いている。こうした政治家たちの妄言を包囲し、克服するためには、平和に向けての幅広い世論の構築が求められる。
ここ数年の近隣諸国との間の領土をめぐる問題の強まりは、アメリカによる拡大抑止戦略の維持、オスプレイ配備、米軍基地の移設問題、ガイドライン改定交渉などに見られる日米同盟の深化、北朝鮮の核開発・ミサイル実験などとともに、あらたな地域の不安定要因として、東アジアの平和に暗雲を落としている。
こうしたなか、安倍政権は、自衛隊の増強、武器の輸出・共同開発の推進をはかってきた。この秋以降には、「防衛計画の大綱」の改定による自衛隊への「海兵隊」的機能の付与、自衛隊の武器使用基準をゆるめる自衛隊法の改定、(日本版NSC)国家安全保障会議の設置、特定秘密保護法の制定などをもくろんでいる。その上で、一二月にも出されるという「安全保障の法的基盤に関する懇談会」の報告を受けての集団的自衛権の容認(そのための「布石」のつもりか、内閣法制局長官を交替させた)や「国家安全保障基本法」による集団的自衛権の全面解禁に向けた策動を強めようとしている。明文改憲は、こうした実績の積み重ねの上に展望されているのであろう。これらは、東アジアの平和をより一層破壊することに他ならない。
また、いま日本国内では、「過去の克服」の必要性を改めて痛感させられるような排外主義の動きが見られる。このような国内外の新たな情勢の動きのなかで、私たちは、今こそ、日本国憲法を基軸にして平和的な国際・民際関係をいかにして構築していくかを真剣に問うことが求められているといえよう。
日民協は、七月二七日の第五二回定時総会において、本特集と同じタイトルのもと、王雲海一橋大学法学部教授と李京柱韓国仁荷大学教授にご報告いただくシンポジウムを開催した。ともにアジアに生きる人民とその国が、苦しい歴史的経験の中からつかみ取ってきた平和主義の理念とその意義について学ぶ貴重な時間を得た。本特集では、お二人の報告を踏まえた原稿を含めて、「東アジアの平和」の実現に向けて日本国憲法をもつ国の私たちがなすべきこと、この憲法の可能性を、海外での経験にも学びながら考察する六本の玉稿をお寄せいただいた。どうぞ熟読玩味ください。
住民と専門家がいわば車の両輪となって、地域のことは地域に住む者が責任を持って決めることができる活気に満ちた地域社会を創っていくことも二一世紀の日本にとっては重要課題の一つといえよう。法曹ももちろんこの専門家の一翼を担う。この点からみて、次のように趣旨説明されている「九州再審弁護団連絡会」の結成の動きは心強いものがある。
「九州地区では、現在、死刑執行後再審にかかる案件が三件(飯塚、菊池、福岡各事件)あり、それぞれが弁護団活動を行っている。その他再審請求係属事件が少なくとも二件(大崎、松橋各事件)ある。再審請求準備中のものを含めると多数の案件が再審無罪を求めていることになる。冤罪の掘り起こしと裁判の是正は弁護士・弁護士会の責務である。そのためには再審弁護の経験を積み重ね、より効果的な活動を目指す必要がある。また、再審請求制度の改革や再審請求審における裁判格差を解消するための取り組みも必須である。再審弁護の力量を上げるとともに、再審制度改革や裁判格差を解消するため、九州地区の再審弁護団が相互に経験交流を行い、情報の集約と活動の連帯をなすこととしてこの連絡会を結成したい。」
その反面、心配な出来事もみられる。政・財・官・学・弁、そしてマスメディアが雪崩を打って推進に回り、消極意見を切り捨てる形で導入を強行したロースクールの今もその一つである。
九州のブロック紙の西日本新聞は二〇一三年六月九日(日)付朝刊の一面で、「法曹育成縮む九州」の大見出しの下に、概要、次のように報じている。
「九州七県にある法科大学院六校すべてで、今春の入学者が定員を大幅に下回り、うち五校は定員の半分を割り込む事態となっている。九州では司法試験の合格率も低迷しており、『九州の大学を卒業しても、優秀な人は関東の法科大学院に行ってしまう』と大学関係者は嘆く。九州弁護士会連合会によると、ある若手弁護士は授業で離島の『司法過疎』の実情を知り、宮崎県の過疎地域で働く道を選んだ。だが今後、入学者の低迷で法科大学院の統廃合が進めば、『地元意識の強い弁護士が育つ場がなくなる』との懸念があるという。」
予想された結果で、日弁連法科大学院センター副委員長(福岡弁護士会)は同紙面で「地元に根ざす弁護士は、地元でこそ育つ。大学院と学生が密集する統廃合や定員削減を進め、地方の学校はもっと充実させるべきだ」と指摘しているが、実現は容易ではない。
本年四月九日、政府の「法曹養成制度検討会議」は中間提言をまとめ、教育の質が低い法科大学院に対して「公的支援の見直し」を含む厳しい措置で臨む方針を確認するとともに、司法試験の年間合格者数を「三〇〇〇人程度」とした政府目標の撤回も了承した。しかし、当然のことながら、同提言には地域分権ないし地域主権に立脚した法曹養成という視点は微塵もみられない。
昨年七月に中央教育審議会大学分科会法科大学院特別委員会がまとめた「法科大学院における組織見直しの更なる促進方策について(案)」でもそれは同様で、法科大学院の統廃合がこのまま進めば、大都市への偏在化は一層加速することになろう。
東京等の法科大学院に行かないと法曹になれないが、地方に住む者にはそのための経済的な負担は大変で、多くの者は法曹になることを断念せざるを得ない。欧米以上に貧富の格差が開く中、法曹養成を弱肉強食の市場原理に委ねることが「司法改革」の名に値するのか。弁護士法一条は、「弁護士は、基本的人権を擁護し、社会正義を実現することを使命とする」と謳っているが、このままでは空洞化が進むことになろう。若手弁護士からは弁護士会不要論も出ていると聞く。あるべき法曹養成にどう路線転換を図るのか。しかし、責任問題も曖昧にされたままで、視界は全く開けてこない。依然として五里霧中である。
(うちだ ひろふみ)
©日本民主法律家協会