日民協事務局通信KAZE 2004年7月

 憲法九条改正をめぐる国民の意思と参院選

(弁護士 柳沢尚武)

 (一) 七月の参議院選挙が終わって、あらためて九条を読んでみた。「正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し」て、戦争を放棄したとうたっている。憲法前文とともに、平和への理念と哲学、そして運動の方向を感じ取ることができる。
 さて、この九条を中心に、自民党は憲法改正の発議に着手しようとしており、そのための国民投票法を準備している。九条の廃棄か、新たな発展かの国民的な闘いが、いよいよ現実のものになろうとしている。衆院選、参院選はその闘いの始まりだった。
 選挙戦では、憲法九条を改正に明確な反対の意思を表明したのは、共産・社民であったが、ともに議席は数議席にとどまった。マスメディアの論調は、この護憲勢力が自民・民主による「二大政党」化への動きの中に埋没したとしている。参議院の各党の議席は、自民・民主・公明を合わせると九〇%余。各議院による改正の発議の三分の二を越えている。
 (二) 参院選で勝利した民主党は、どういう対応に出るだろうか。
 「創憲」という民主党の「憲法提言中間報告」を読んだ。わかりにくい。大略「憲法には、制約された自衛権(戦力)を持つこととを明記し、国連憲章による集団安全保障活動を明確に位置づける」としているから、武力による自衛はもちろんのこと、国連の決議による多国籍軍への派兵も可能にすることを想定している。戦力(自衛隊)を保持して国際紛争における武力行使を認めることでは、基本的に自民党と同じ立場であり、違いは、国連決議の有無に関係する部分ということになろう。しかし、同時に民主党は日米安保条約を維持するというのである。ことは軍事同盟である。これは国連中心を唱える民主党にとって大きな矛盾となる。超大国アメリカとの軍事同盟は重いものであって、その従属からの脱却は容易でない。イラクのような海外派兵も民主党は拒否できないであろう。軍事同盟を廃棄したとき初めて国連主導の集団安全保障は実現性をおびる。中間は困難である。戦争できる軍備をもって普通の国になるというのは、戦争を永久に放棄した憲法九条とは逆の方向であって、改憲と基本的にかわりがない。民主党の出自、あるいは自由党との合併、あるいは財界とのコネクションも影響しているのであろう。
 (三) 重要なことは、選挙の結果をそのまま民主党の「創憲」の立場を国民が支持したとは言えないことである。選挙は、様々な政策や人的関係や利害などで支持がきまる。憲法九条はそのごく一つの論点にすぎなかったし、民主党は今回の選挙でも九条改正をほとんど言っていない。まして、小選挙区制の衆院選の結果や小選挙区制と類似する一人区・二人区を中心とする参院選の結果では、国民の意思はゆがめられて議席に反映している。
 国民の憲法九条に関する世論調査では、九条の改正への賛否は、改正反対が六〇%である。国民の平和希求と九条の擁護は、過半数を超える意思である。今回の選挙で民主党が自民を凌駕した得票は、自民公明政権への不満が、政権交代の第一人者・野党第一党の民主党に集まったものである。民主党への投票には、憲法九条を変えたくないと考える多くの国民がいるのである。
 民主党は、政権を交代しうる立場を強調する。だが、自民党とさして変わらない基本的立場となって対抗軸をだせないとき、意外と早く、民主党に対する幻滅が生じるであろう。アメリカの保守二大政党制が、五〇%を切る投票率で民主主義と言えない事態となっているが、日本でもそうならないと民主党が言い切るには、国民の大きな意思を代表する以外にない。「九条改正反対」はその一つである。
 (四) 現代の戦争は、アフガンにしてもイラクにしても、アメリカの国際法を無視した先制攻撃によることが目立っている。これに対して戦争の放棄と戦力の不保持は、各国の憲法のなかでも、群を抜いて平和主義に徹する。二つの全く正反対の発想がそこにある。二一世紀をむかえて、国際的には、紛争への平和解決の意思と枠組み構築の意向は、非常に強くなった。北朝鮮をめぐる六カ国協議も、その流れを促進するだろう。憲法九条は新たな役割をもってきている。


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