日民協事務局通信KAZE 2002年12月

 豊かな生活の実現を目指して

(税理士・太田隆輔)

■今回、『法と民主主義』の編集委員会のメンバーにかわりました税理士の太田です。編集委員会の平均年齢を少し下げることに貢献したということですが、三年前に結婚しそれまでは親と同居していた私も一つの所帯を持つようになりました。一年半前には子供にも恵まれ、現在では妻と子供の二人を扶養する身となっています。正直に言えば、三〇歳の男の稼ぎだけで三人が生活するのは決して楽ではありませんが、それでも、息子が日々成長する姿を夫婦で楽しく見守りながら私達なりに幸せに過ごしています。
■学生時代は、当協会の理事長でもある北野弘久教授のもとで税法学を勉強しました。「各人の、税を支払う能力に応じて租税の負担を求める応能負担原則」を講義等で教わり、深い感銘を受けたことを今でも鮮明に記憶しています。しかし、その頃の私は、自分の力で生活をしていたわけでもなく、要するに親の保護を受けていたわけですから、前述の応能負担原則も頭で単に理解していたという程度で、真に理解したというレベルには至っていなかったのかもしれません。
■本号で特集されているように、政府税制調査会はわが国の個人所得課税(国税:所得税、地方税:住民税)について、「広く公平に負担を分かち合う」をスローガンとして、大衆課税を強化することを示唆しています。この増税プランの主な狙いは@家族に関する控除の廃止、見直し、A高齢者に関する控除の見直し、B給与所得控除の縮減、を軸とした課税最低限(税金がかからない範囲、厳密には給与所得控除は含めない)の引下げです。
 我が家のような家族構成の家庭に大きく影響するのは@で示唆している配偶者特別控除の見直しとBの給与所得控除の縮減です。配偶者特別控除とは、納税者の配偶者の所得が一定以下の場合に配偶者控除とは別に一定の控除を認めているもので、所得税法では、専業主婦(夫)を有する納税者対して、納税者本人の所得が一〇〇〇万円以下のときには、現行三八万円の控除が配偶者控除(三八万円)とは別に適用されています。
 給与所得控除は給与所得者(サラリーマン等)の主に必要経費として位置付けられているもので、所得に応じて概算で控除することが認められています。例えば、年収五〇〇万円の給与所得者(三二歳、社会保険料は年間四八万円)で専業主婦の妻と一歳の子一人の家族の場合、現行では所得税及び住民税の合計額はおよそ一九万円ですが、政府税調案によれば、仮にここで定率減税(現行、所得税については二五万円を限度とし、定率減税前の所得金額から定率減税前所得金額の二〇パーセント相当額を控除することができ、住民税については四万円を限度とし、定率減税前の所得金額から定率減税前所得金額の一五パーセント相当額を控除することができる。)を廃止し、給与所得控除を給与収入金額の一〇パーセントに縮減するとした場合、所得税及び住民税の合計額はおよそ四九万円となり、差額三〇万円の増税となります。
■学校を卒業し、家庭をもち、一家の主となった今、北野教授の教室で学んだ応能負担原則がいかに重要な原則であったかを生活実感を通してひしひしと感じています。所得税の基本的生活費控除である基礎控除、配偶者控除、扶養控除(それぞれにつき現行三八万円)が生活扶助基準額を大幅に下回る現状において、課税最低限を引下げることは果たして許されるのでしょうか?この問いの答えとして、北野教授の『納税者の権利』(岩波新書、一九八一年)よりつぎの文章を引用し私の文章を終わりたいと思います。
 「応能負担原則に関連して、憲法二五条が、「健康で文化的な最低限度の生活」を保障している。この最低生活の保障は、いわゆる限界状況におけるそれではなく、欧米先進国並みの今日的な文化的豊かさを意味するものでなければならない。(中略)所得税、住民税等の課税最低限が右の今日的な文化的豊かさを侵す場合には、自由権的機能の侵害として、法理論的には、当該租税法の諸規定は違憲無効となる。」


戻る

©日本民主法律家協会