各新聞社社説

 

朝日新聞2006/12/02(土)付社説

残留孤児、勝訴 祖国への思いに応えよ 

 

 中国残留孤児と呼ばれる人たちの望みは、祖国で人間らしく生きることだった。

しかし、日本政府の理不尽な対応で帰国は大幅に遅れ、自立するための支援もお粗末きわまりないものでしかなかった。

 孤児らが起こした集団訴訟で、神戸地裁はそうした事情を認め、国に総額約4億6千万円の支払いを命じた。全国15カ所で起きている集団訴訟のなかで原告が勝訴したのは、これが初めてだ。

 孤児たちの高齢化は進み、老後に大きな不安を抱いている。国は控訴することなく、判決を受け入れるべきだ。

 孤児たちは旧満州(中国東北部)に取り残され、中国人の手で育てられた。81年になって、日本政府はようやく本人を日本に招いて身元の調査を始め、祖国に戻る道が開けた。

 裁判のなかで、原告は国民を守る責務を果たしてこなかった国を厳しく批判してきた。神戸地裁の判決は、この訴えに正面から応えるものとなった。

 旧満州の開拓民は戦況をまったく知らされず、無防備なまま敗戦の混乱に放り出された。無慈悲な政策が生んだ残留孤児に対して、戦後の政府は救済すべき政治的な責任を負う――。

 判決はそう述べ、本来なら72年の日中国交正常化を機に、救済の手を差しのべることができたと指摘した。だが、国は日本人と認めようとせず、外国人の扱いで親族の身元保証などを求めた。そのために永住帰国が遅れてしまった。

 神戸地裁は、帰国を制限したことを違法と断じ、帰国が遅れた期間について、1カ月当たり10万円の賠償を命じた。さらに、帰国後の支援についても、北朝鮮の拉致による被害者への支援策に比べて貧弱なことなどを根拠に1人600万円の慰謝料を認めた。

 約2500人が永住帰国をしているが、そのうち2200人ほどが一連の集団訴訟に加わった。乏しい支援しか受けられなかったことで日本語は十分に話せず、就ける職も限られる。8割を超える人が裁判にまで訴えたのは、生活の苦しさの裏返しである。

 いま生活保護を受ける人が、全体の7割近くを占めている。国民年金は一部を受給できるようになったが、月額わずか2万円余にとどまるうえ、その分は生活保護費から差し引かれてしまう。

 生活を支えるために、判決は生活保護とは別の給付金や年金の制度が必要だとも指摘している。まったく同感だ。

 与党の国会議員がプロジェクトチームを発足させ、給付金制度を検討しているが、作業は進んでいない。新たな制度のための立法を急いでもらいたい。

 敗戦時に、そして帰国した後にも、国から棄(す)てられたと感じている孤児にとって、この裁判は人間の尊厳を取り戻す闘いだった。

 「やっと、日本人に生まれ変わりました」。晴れやかに話す孤児の思いを踏みにじってはいけない。

 

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毎日新聞2006/12/02(土)付社説

残留孤児判決 生活支援は国の責任だ

 

 「日本人として、人間らしく生きる権利を」。第二次世界大戦後中国に取り残され、帰国後も苦しい生活を送る残留孤児の、心からの訴えが、やっと光を浴びた。

 神戸地裁は1日、国の政策で残留孤児の早期帰国が妨げられ、帰国後の自立支援義務も怠ったと認定して、国に賠償を求めた原告65人のうち61人に総額約4億7000万円の支払いを命じた。

 帰国した残留孤児の約8割が原告となった集団訴訟で初の勝訴判決である。国は判決を踏まえて、残留孤児に対する法的制度や支援の内容を見直すべきだ。

 残留孤児の親たちは戦前、国策によって中国東北部の危険な地域に入植した。戦争末期のソ連軍侵攻に当たって、健康な男性は根こそぎ軍に動員され、残った家族は国の保護のないまま戦闘に巻き込まれたり、集団自決を遂げるなどで離散し、幼い子供たちが中国人に引き取られた。

 判決はこれらの点を「自国民の生命を軽視した無慈悲な政策であった。戦後の政府はその政策によって発生した残留孤児を救済する政治的責任を負う」と指弾した。歴史をきちんと振り返れば、当然の結論である。

 残留孤児は72年の日中国交正常化後、永住帰国の道が開かれた。だが、国はあくまで外国人として扱い、帰国には日本の親族の身元保証を求めるなどの制限措置を取った。これによって帰国の実現が遅れたことを、判決は「根拠のない違法な行政行為」と断じた。

 残留孤児たちは、帰国後の自立支援が極めて不備であったと訴えた。判決はあえて、北朝鮮拉致被害者に対する給付金や社会適応訓練と比較して「政府の落ち度は少なくない。拉致被害者への支援より貧弱でよかったわけがない」とし、これと同程度の支援が必要との基準を示した。国民の多くが納得できる判断だろう。

 残留孤児の多くは言葉や習慣の壁で社会になじめず、就労の機会も乏しい。原告の約7割が生活保護を受け、国民年金も通常の3分の1しかない。

 中国残留婦人らが敗訴した今年2月の東京地裁判決も、帰国者が収入を得る道を失っている事実を指摘している。今回は民法の除斥期間で早期帰国者の賠償が認められなかった。もれなく救済するには特別立法などで対応することが不可欠だ。

 戦後六十余年を経て、残留孤児の高齢化も進む。身元確認のための集団訪日調査は今年で37回になったが、判明率は年々低下し、昨年はついにゼロになった。

 「日本人として認められ、人並みに暮らしたい」というささやかな願いに、社会全体が無関心であってはならない。救済拡充のために、国民の注目と認識を高めることも国の責務である。

 国はこういった現実を十分に把握し、過去の反省に立って、安心して生活していけるような制度を整え、日本語教育、職業訓練などの支援システムも再構築しなければならない。

 

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東京新聞2006/12/02(土)付社説

残留孤児勝訴 戦後の『空白』に差す光

 

 長い長い「不遇」に光があたった。中国残留孤児たちが国家賠償を求めた裁判で、神戸地裁は「孤児勝訴」の判決を出した。戦後日本がおろそかにした問題が、徐々に埋まっている。

 全国十五の裁判所で、計約二千二百人もの中国残留孤児が起こしている集団訴訟である。

 神戸地裁が孤児たちの言い分を認めて、損害賠償金を支払うよう国に命じたことは、今後各地の裁判に大いに影響を与えるだろう。戦後六十年を過ぎても残されていた問題に、希望的解決を与えたといえる。

 原告が問うたのは、まず自分たちが「残留孤児」となったのは、国策による旧満州(中国東北部)への入植に起因しているということだ。

 だから、戦後は迅速に日本に帰還させる義務があったのに、国は長くこの問題を放置した。帰国後の自立支援策も怠ったと主張した。

 いわば、憲法が保障する、日本人として、人間らしく生きる権利を侵害されたと訴えたわけだ。

 昨年七月の大阪地裁判決は、孤児の被った不利益を認めつつも、行政・立法の裁量権を広く認めて、請求を退けた。今年二月に東京地裁であった残留婦人の裁判でも、国家賠償を認めるまでには「いま一歩足りない」とやはり訴えを退けた。

 神戸地裁がそれらの判断とは違った結論を導き出した論理には、北朝鮮の拉致被害者に対する国の対応との“落差”がある。

 拉致被害者は五年を限度として、生活保護よりかなり高い水準の給付金を受けている。しかも、社会適応指導やきめ細かな就労支援を受けることができる。

 その点、残留孤児は高齢での帰国者が多いのに、国の施策による日本語の習得期間も短い。十分な会話ができないため、仕事をしたくとも、ままならない不遇をかこった。

 だから、多くの孤児が生活保護を受ける結果となる。その場合、原則として、少額でも預金や生命保険の加入が認められない。アルバイトをしても、その収入は保護費から差し引かれる。

 数々の難問を抱えているのが実情だ。国はせめて老後くらいは安らかに暮らせる仕組みを考えるべきだ。

 ドミニカ共和国移民に対して、東京地裁は今年六月、政府の対応を「違法」とした。それを受け、特別一時金支給法が成立した。残留孤児に対しても、知恵は出せるはずだ。

 この国の国民として生まれてよかったという施策が望まれる。各地の裁判所で今後、「勝訴」の“ドミノ”が起こる兆しかもしれない。

 

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神戸新聞 061202社説

中国残留孤児/「神戸判決」高く評価する

 

 平均年齢六十五歳の人々を、いまもって「孤児」と呼び、また自らもそう名乗らざるを得ない状況が、果たしてまともな国の姿といえるのだろうか。

 この問いかけに対し、きのう神戸地裁の判決は、明確な答えを示した。兵庫県内などの中国残留日本人孤児六十五人が起こした裁判で、早期の帰国措置を取らなかったことや、帰国後の自立支援を怠ったのは国の責任として国家賠償を求めた訴えに対し、判決はいずれも国が義務を怠ったと認めた。原告側のほぼ全面勝訴といえる画期的な判断を高く評価したい。

 帰国の遅れについて、判決はいう。「国は残留孤児の消息を確かめ、自国民救済の観点から早期帰国の実現する責任を負っていた」が、「身元保証書の提出がない限り入国を認めないなど、帰国を制限する違法な行政行為をした」。

 自立支援についても、「永住帰国後五年間は、生活の心配をしないで日本語習得などの支援を行う義務があったのに怠った」とし、北朝鮮による拉致被害への支援と比べて「きわめて貧弱」といい切った。

 中国残留日本人孤児で、永住帰国した人は約二千五百人いる。このうち九割近い二千二百一人が、全国十六の裁判所で同じ訴えを起こしている。なぜなのか。

 敗戦時の混乱で肉親と別れ、旧満州(中国東北部)に取り残された子どもたち(おおむね十三歳未満)は、やっと帰国を果たした段階で多くは既に中年に達していた。帰国直後の半年で日本語を覚え、生活習慣になじむのはきびしい。言葉の壁は厚く、暮らしを支えるだけの仕事がない。

 公営住宅の優先入居や国民年金の三分の一程度を支給する特例措置が徐々に整備されたが、七割もの人が生活保護を頼りにしているのが実態だ。

 その生活保護すらも、養父母の墓参りや見舞いに中国を訪れれば、滞在期間分を差し引かれる。「祖国で、日本人として人間らしく生きたい」という願いが、全国にまたがる集団訴訟の背景である。

 「国民が等しく受忍しなければならない戦争被害」が国の主張で、最初の判決となった大阪地裁の判断はこれを認めたが、二例目の神戸地裁判決は「日中国交正常化後の政府の違法行為による損害」とした。後に続く裁判に影響を与える判決の持つ意味はきわめて大きい。

 国会では、議員立法で新たな支援策を目指す動きもある。神戸判決を機に、政府は「もう孤児と呼ばせない」支援策に向けて踏み出すべきだ。

 

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愛媛新聞2006/12/02(土)付社説

残留孤児勝訴判決 国は一刻も早く救済すべきだ

 

 中国残留孤児訴訟で神戸地裁が初めて国の賠償責任を認めた。永住帰国後も苦境に置かれていた残留孤児らの救済に道筋をつける画期的な判決だ。

 同種の訴訟は全国十五地裁で起こされ、初の判決となった昨年七月の大阪地裁判決は、残留孤児を早期に帰国させる国の義務を認めたが、原告の請求を棄却した。今年二月の東京地裁判決も同様に請求を退けた。

 今回の判決で目を引くのは、孤児の早期帰国について「国の政治的責任があるにもかかわらず、身元保証を要求するなど帰国を制限した」と違法性を認定した点だ。これまでにない踏み込んだ判断といえる。

 さらに帰国後の自立支援については「極めて貧弱だ」と指摘し、国の賠償責任を認定した。支援内容を北朝鮮の拉致被害者と比べた点が注目される。

 判決は国の早期帰国実現義務と自立支援義務について明確に法的責任を認め、政府の怠慢を指摘した。孤児たちの苦難の道のりを考えれば当然の判決である。他の同種訴訟への波及も期待したい。

 判決は「原告の損害は政府関係者による違法な職務行為によるものだ」として、国が主張する「戦争による損害なのだから国民が等しく受忍すべきだ。孤児だけ特別視はできない」という戦争損害論を退けた。

 残留孤児は他の戦災被害者や引き揚げ者と違い、戦後日本の経済成長の恩恵を受けていない。本人の意に反して異国に何十年も置き去りにされており、むしろ拉致被害者と共通点が多い。戦争損害論は、賠償責任を免れるための理屈としか思えない。

 永住帰国した残留孤児は約二千五百人。その八割以上が訴訟に参加しており、孤児の苦境や怒りを示すものといえる。

 終戦時に十三歳以上で、その後引き揚げの機会を失った残留婦人も約三千八百人が帰国している。残留孤児・婦人共に高齢化が著しい。平均年齢は二〇〇三年度の調査段階でも六六・二歳。時間は限られている。

 国は判決を重く受け止めて、一刻も早く孤児らの苦しみを救済すべきだ。安倍晋三首相は「国としてもきめ細やかな支援を行わないといけない」と述べたが、具体的対策を期待したい。

 調査によれば、言葉の壁や高齢化もあって孤児らの58%が生活保護を受けている。帰国後十年以内の人の受給率は79%と高い。また、52%の人が何らかの年金を受けていたが、その半数は月三万円に満たない。59%が「生活は苦しい」と答えた。

 孤児らの高齢化に伴って年金など老後の保障が最大の課題だ。与党のプロジェクトチームが六十歳以上を対象に帰国者老齢給付金制度を検討しているが、創設を急いでほしい。

 もちろん帰国者支援法の見直しが必要だ。さらに二世・三世の多くが公的保護の対象外に置かれ、厳しい生活を強いられている。その対策も急務だ。

 国は孤児たちの願いを受け止めて控訴を行わず、原告団・弁護団と協議に応じ、全面解決を図るべきだ。

 

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信濃毎日新聞 06122日(土)付社説

残留孤児 国は一刻も早い救済を

 

 戦後中国に残され、帰国後も辛酸をなめ続けた「残留孤児」の訴えが、ようやく認められた。早期の帰国実現や日本での暮らしの支援を怠ったとして、国に賠償を求めた訴訟である。神戸地裁は原告勝訴の判決を言い渡した。

 高齢により、生活保障が急務になっている。国がこれ以上放置することは許されない。

 全国約2200人の残留孤児らによる集団訴訟は、長野、東京、大阪など全国15地裁におよぶ。

 神戸地裁の訴訟は、兵庫県などに住む65人が原告だ。戦前、中国東北部(旧満州)に入植し、戦後は1976年から99年までの間に帰国した。1人当たり、3300万円の国家賠償を求めていた。

 判決は原告61人について請求を認め、総額で約4億7000万円を支払うよう国に命じた。残りの4人は帰国時期が早く賠償請求権が消滅したとして、訴えを退けた。

 全員ではなかったものの、一連の集団訴訟で国家賠償を認めたのは初めてである。

 二つの点で国の責任を認めた点に、今回の判決の特徴がある。

 一つは、戦後の早期帰国策だ。1972年の日中国交正常化によって、国は具体的な対策ができるようになった。にもかかわらず、身元保証書の提出がなければ入国を認めないなど帰国を制限した、と踏み込んでいる。

 もう一つは、帰国者に対するバックアップである。北朝鮮拉致被害者への支援策を引き合いにしながら、「永住帰国後5年間は、生活の心配をしないで日本語習得などの支援を行う義務があったのに怠った」と、指摘している。

 帰国促進や自立支援を国の責務とする帰国支援者支援法が制定されたのは、戦後50年近くたった1994年のことだ。帰国直後は6カ月間の日本語の習得期間を設け、定住後は就労相談などの支援策があるとはいえ、「期間が短すぎる」などの批判が強かった。「自立支援は極めて貧弱だった」と断じた判決は、実態に沿った内容といえるだろう。

 帰国者は高齢もあって、十分な日本語の習得は困難だ。就労も難しく、年金額は一般の日本人に比べて少ない。戦前の国策と戦後の行政の怠慢によって、さまざまな不利益を背負わされてきた人々である。体調不良を訴える人も多く、いまもぎりぎりの生活を続けている。

 判決を受け、安倍首相は支援策を検討する考えを表明した。これ以上争うべきではない。安心できる暮らしを一刻も早く保障するのが、政府の役割である

 

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西日本新聞2006/12/02 社説

国の無策が指弾された 中国残留孤児

 

 中国残留孤児に関する国の施策は怠慢であると厳しく指弾し、国に初めて賠償を命じる判決を神戸地裁が示した。

 国は、敗戦後に旧満州(中国東北部)から残留孤児たちを速やかに帰国させなかったことや、永住帰国した後も自立支援策が極めて貧弱だったと批判されたことを誠実に受け止め、ずさんな対応を繰り返してきたことを猛省すべきである。

 判決は、国は少なくとも集団引き揚げが終了した1958年以降、早期帰国を実現すべき政治的責任を負っていたが、これを怠った、と指摘した。

 さらに、日中国交正常化後、孤児の帰国支援に向けた政策の遂行を怠り、帰国制限を行うなどして孤児の帰国を大幅に遅らせたと指摘した。

 永住帰国した孤児の大半が日本社会への適応が難しい年齢となっていたのは、救済責任を果たそうとしなかった政府の無策と違法な行政行為が積み重なった結果である、と厳しく批判した。

 神戸地裁は、原告の残留孤児61人には国家賠償の請求を認め、総額約4億6000万円を支払うよう国に命じた。請求を棄却した4人については、民法上の賠償請求権が消滅する「除斥期間」の経過を理由に権利が消滅したと判断した。

 国の支援策の過ちを明確に認め、残留孤児たちの切実な願いに応えた画期的な判決と評価できる。孤児たちの多くは光明を得た思いに違いない。

 国の自立支援策の失敗は、何より孤児の現状が物語っている。

 祖国にやっとの思いで帰国できた孤児たちの約6割が生活保護を受け、帰国を後悔している人は16%もいることが、厚労省の調査で明らかになっている。

 永住帰国した孤児の約8割にあたる2000人を超える原告たちが、全国で係争中の集団訴訟の1つが国家賠償を求める判決となったことで、ほかの訴訟に大きな影響を与えそうだ。孤児対策についても見直しにつながることが期待される。

 ただ、司法判断は揺れている。集団訴訟で初の判決となった昨年の大阪地裁判決は、戦争損害による犠牲は国民が等しく受忍すべきとし、請求を棄却した。

 今回の神戸地裁判決は、この主張を明確に否定し、国は当初残留孤児を外国人として扱い、帰国を希望しても親族の同意や身元保証人を必要とするなど、帰国を妨げる違法措置があったとしている。

 注視すべきは、北朝鮮の拉致被害者に対する対応と、孤児支援策の格差を指摘したことだ。孤児たちには、拉致被害者が法律上受ける支援措置と同等の自立支援措置を受ける権利があるという。

 高齢化が進む孤児たちは、国の心からの謝罪を求めている。孤児たちの「日本人として、人間らしく生きる権利を」との切実な願いをいつまでも放置していては、国の人権感覚が問われかねない。

 国は孤児の支援策について、抜本見直しを迫られていることを自覚すべきだ。

 

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北海道新聞 06.12.02社説

残留孤児判決*政府は全面救済を急げ

 

 中国残留孤児にとって、涙なしには聞けない判決だっただろう。

 判決理由の中には、旧満州における政府の無慈悲な政策、関東軍の非道ぶりを指弾する言葉が並んだ。

 兵庫県などの中国残留孤児六十五人が起こした国家賠償請求訴訟の判決が神戸地裁であった。裁判長は六十一人について請求を認め、総額四億六千万円余を支払うよう国に命じた。

 全国十五地裁に提訴された集団訴訟の一つで、国の責任を初めて認めた。

 判決は、国が孤児の早期帰国を妨げる違法な措置を講じたと指摘した。同時に、帰国した孤児の自立生活を支援する義務も怠ったと認定している。

 国の無策ぶりを一つ一つきちんと検証し、在留日本人の戦後補償のあり方を示した画期的な判決と言える。

 国は自らの責任を認め、控訴を断念すべきだ。そのうえで、集団訴訟の原告だけでなく、同じ境遇の孤児すべてを救済する必要がある。

 昨年七月の大阪地裁判決は、孤児を早期帰還させる国の義務を認めたが、戦争損害は国民が等しく受忍せねばならないとして原告の請求を棄却し、国の賠償責任を否定した。

 一般に、戦争による犠牲者に対して政府は補償の責任を負わないとの考えに立った判断だ。

 神戸地裁の判決が認定したのは、日中国交正常化後、孤児の入国に当たって留守家族の身元保証を求めた措置など、政府の違法な職務行為で帰国を妨げられたことによる損害である。

 もう一つは、帰国後の自立支援義務を国が怠ったことによる損害だ。

 判決は参考例として、北朝鮮拉致被害者は帰国から五年間、国の給付金によって所得が保障され、余裕をもって生活できることを挙げた。

 そのうえで、拉致被害者に比べて政府の落ち度の度合いが強い残留孤児への支援策が貧弱ではいけない、と踏み込んで指摘している。

 永住帰国した中国残留孤児は全国に二千五百人いて、集団訴訟に二千百五十人余りが参加している。

 札幌地裁には八十五人が提訴しており、来年一月に結審する見通しだ。

 原告のほとんどは六十歳を超え、高齢化が進んでいる。帰国後の日本語教育や就労支援は十分と言えず、七割以上が生活保護を受けている。

 経済的自立を後押しするのは犠牲を強いてきた国として当然の責務だ。

 自立支援制度を創設し、年金や給付金を支給するといった救済策を早急に講じてほしい。

 中国大陸には帰国がかなわない孤児がまだ残っており、訪日調査が続く。集団訴訟の弁護団は「人間性を取り戻す訴訟」と位置づけている。

 孤児たちは中国と祖国日本で二度捨てられた。これ以上放置できない。

 

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河北新報 06.12.02 社説

中国残留孤児訴訟/国は早期全面解決を図れ

 

 永住帰国した中国残留孤児が、早期帰国実現や帰国後の自立支援の義務を怠ったとして国家賠償を求めた集団訴訟で、神戸地裁は1日、国の責任を全面的に認め、賠償の支払いを国に命じた。

 残留孤児らの置かれている厳しい現状を示すと同時に、事態打開のために国が全力を挙げて取り組む必要性をあらためて強く示すものだ。

 残留孤児が国家賠償を求めた集団訴訟は全国15地裁に起こされ、東北でも仙台、山形両地裁で争われている。

 一連の訴訟で初の司法判断となった昨年7月の大阪地裁判決は、国の義務違反を否定して請求を棄却した。2例目の今回は全く正反対の判断を示したことになる。

 今後も各地裁の判断が分かれることが予想される。最高裁まで争われることになれば、長期化が避けられない。

 集団訴訟の原告は年々高齢化が進む。訴訟の途中で亡くなった原告もいる。一刻も早い解決が何よりも求められる。

 国は、約2500人の永住帰国者のうち、実に8割以上が集団訴訟に加わっている現実を深刻に受け止める必要がある。

 敗戦の混乱の中、中国に取り残され、長い年月を経てようやく古里の日本に永住帰国を果たしたのに、ほとんどの人が生活苦にあえいでいるのだ。

 国はこれまでの対決姿勢を改め、原告側との間で早期全面解決を図るべきだ。

 国はこれまで原告の被害を「戦争損害」と位置付けて、賠償責任はないと主張してきたが、判決は「違法な職務行為による損害」として退けた。

 国にすれば、違法性を認めることは困難に違いない。だが、現状のままでは残留孤児の将来は開けない。安倍晋三首相自らの政治決断を求めたい。

 厚生労働省は2003年から04年にかけて、永住帰国した残留孤児約1800人を対象に聞き取り調査を行った。

 それによれば、帰国者本人、配偶者のどちらも働いていない世帯は8割、生活保護世帯は全体の6割に上る。

 国は1994年に帰国者支援法を制定し、自立支援金の支給、日本語習得や就労の援助などを定めたが、永住帰国者の自立には程遠いことを示す。

 判決は自立支援策の目安として、北朝鮮拉致被害者への支援策を挙げている。

 拉致被害者と残留孤児とでは、起因が全く異なり、人数も大きく違う。同列に見ることには異論もあるだろう。

 だが、国家による自国民の保護義務という観点からすれば、どちらも国に大きな責任があると言うべきではないか。

 判決では、永住帰国から提訴までに20年以上経過した4人については、国家賠償責任が消滅したとして請求を棄却した。賠償が認められたほかの原告と比べ、法の壁というにはあまりにも残酷と言うしかない。

 早くに永住帰国した残留孤児の不利益を救済するためにも、政治決着による全面解決が望まれる。

 

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高知新聞 06.12.02 社説

【残留孤児訴訟】「棄民」に早く終止符を

 

 日本への早期帰国の実現や帰国後の自立支援をめぐり、兵庫県などの中国残留孤児が国家賠償を求めた訴訟の判決で、神戸地裁は国に総額4億6000万円余りの支払いを命じた。

 永住帰国した孤児が置かれている現状を考えれば当然の判断だろう。国は判決を重く受け止め、抜本的な支援策を講じるべきだ。

 残留孤児は国による3回の「棄民政策」の犠牲者といわれる。国策移民にもかかわらず終戦時に置き去りにしたこと、多くの孤児の存在を知りながら戸籍を抹消したこと、そして帰還措置の遅れと極めて不十分な支援策だ。

 神戸地裁の判決は、こうした国の姿勢を厳しく指弾している。孤児の早期帰国に向けた国の政治的責任を認め、身元保証書の提出などの条件を設けて帰国を制限したことを違法な行政行為と断じた。

 注目したいのは帰国後の支援策について、北朝鮮による拉致被害者と比較している点だ。

 拉致被害者に関しては2003年施行の支援法で、生活保護に比べると手厚い給付金のほか、さまざまな支援策が講じられている。

 ところが、残留孤児については1994年に自立支援などをうたった支援法が制定されたものの、日本語指導を含め内容は極めて貧弱で、多くの孤児が生活保護に頼らざるを得ないのが実情だ。

 拉致被害者に対する支援は当然として、判決も指摘するように、国の責任の大きさを考えれば、孤児への支援策が拉致被害者より貧弱であってよいはずがない。

 画期的な判決ではあるが、原告4人について帰国時期が早いことを理由に請求を認めなかった点は納得できない。行政の違法行為に「時効」を認めることの妥当性が、もっと論じられてもよいのではないか。

 高知を含め全国の同種訴訟には、永住帰国した孤児の8割以上が参加している。国はその事実を率直に受け止めるべきだ。孤児の高齢化が進む中、いたずらに訴訟を長引かせるのではなく、支援策の充実へと転換する時期にきている。

 行政の「怠慢」を放置してきた国会の責任も重い。与党のプロジェクトチームが残留婦人を含む帰国者への支援策を検討しているが、立法化を急ぐ必要がある。

 旧満州(中国東北部)への国策移民の決定から70年、戦後も既に61年になる。これ以上、「棄民」を続けてはならない。

 

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中国新聞 06.12.02 社説

中国残留孤児判決 国は救済に本腰入れよ

 

 神戸地裁できのう出た判決は画期的だったといえる。中国残留孤児が起こしていた全国十五地裁の集団訴訟で初めて、原告側の請求を認め、国に総額約四億六千八百万円の国家賠償を命じる判決が言い渡された。

 「大きな勇気をもらった」「救済への道が開ける」。法廷や支援の集会で、そんな喜びの声が飛び交ったのも無理はない。年老いた原告たちにとって、待ちわびた知らせだったに違いない。

 安倍晋三首相は判決を受け、「国としてもきめ細かな支援を行いたい」と述べた。判決では、北朝鮮拉致被害者と同等の自立支援策を残留孤児にも求めている。国の「本気度」が試される事態だ。

 今回の訴訟では、兵庫県などの孤児六十五人が提訴。日本への早期帰国実現や帰国後の自立支援を怠った、として国に一律三千三百万円の賠償を求めていた。

 橋詰均裁判長は原告の訴えをほぼ認め、六十一人について「孤児の帰国に際し、身元保証を要求するなどの措置が帰国を制限する違法な行政行為に当たる」と国の賠償責任を認定。残りの四人については、帰国時期が早かったと判断し、二十年で賠償請求権が消滅する「除斥期間」を適用して請求を棄却した。

 判決文の言葉が重い。旧満州(中国東北部)に、一般の邦人を無防備な状態に置いた戦前の政府の政策は、自国民の生命、身体を著しく軽視する無慈悲な政策だったというほかない―と指弾。平和憲法の理念を国政のよりどころとする戦後の政府も、孤児を救済すべき高度な政治的責任を負っているとしている。

 原告側の請求を棄却した昨年七月の大阪地裁も、判決の中では「孤児が中国や帰国後の日本で不利益を受けた実態は看過できない」としていた。

 今年二月に東京地裁であった中国残留婦人訴訟の判決は、原告が受けた被害の甚大さなどに言及。「裁量権逸脱や違法性を認める可能性も十分にあった」と国側の対応を批判した。

 今回の判決は、こうした司法判断の流れに立脚していると見るべきではないか。日中国交正常化から三十四年。永住帰国した孤児約二千五百人の八割以上が祖国を訴える集団訴訟に加わり、生活保護を受ける人も半数を超す。永住帰国を後悔する孤児も少なくない。今回の判決を機に、孤児たちの戦後の清算にも弾みをつけたい。

 

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南日本新聞 06.12.02 社説

[残留孤児訴訟] 国の無策を指摘し真の救済を迫った

 

 兵庫県などの中国残留孤児65人が、早期帰国実現や帰国後の自立支援を怠ったとして国家賠償を求めた訴訟の判決で、神戸地裁は61人の請求を認め、総額約4億6000万円の賠償を命じた。

 全国15地裁に提起された集団訴訟では、昨年7月に大阪地裁で原告の請求が棄却されている。それに次ぐ、2例目の司法判断だが、大阪地裁とは対照的な原告勝訴の判決となった。

 約2500人に上る残留孤児は、永住帰国後も苦境に置かれ、日本語習得や経済的自立に悩んでいる。永住孤児の8割以上に当たる2000人余りが訴訟を起こしているのが苦境を証明していよう。

 判決は、こうした残留孤児に救済の光を注ぐ画期的な内容と言える。神戸地裁の判決を高く評価したい。

 訴訟は、国に残留孤児を迅速に帰還させる義務や、自立支援義務があったかどうかが最大の焦点だった。

 判決は、国策の結果、孤児になった原告らに対して、身元保証を要求するなど孤児の帰国を制限した行為を違法とする踏み込んだ判断を示した。そして、帰国制限という違法な行政行為が積み重なった結果の社会不適応だから、政府は、孤児に自立生活に必要な支援策を実施すべき法的義務を負うとした。

 大阪地裁では、早期帰国実現を図る義務を認めながら、原告の請求は棄却するという分かりにくい判決だったが、神戸地裁の判決は明快で分かりやすい。

 判決が、残留孤児に温かい気持ちを向けたのは率直に言ってうれしい。この判決が、戦後補償問題の議論にも影響を与えることを望みたい。

 注目したいのは、中国残留孤児と北朝鮮の拉致被害者とを比較、問題を指摘した点だ。判決は両者への政府対応に「落差」があるとし、「原告らには、拉致被害者が受けられると同等の自立支援措置を受ける権利がある」とした。

 厚生労働省には「拉致被害と戦争損害は違う。比較されても困る」と困惑が広がっている。しかし、拉致被害者と残留孤児の間に、帰国後の自立支援策、生活相談、雇用対策など大きな格差があるのも事実である。指摘を重く受け止め、解決策を探る姿勢が重要だ。

 中国残留孤児は戦後60年を経て高齢化が進行、判決を聞かずに亡くなる原告もいる。国は、孤児の多くが生活保護に頼らざるを得ない現状を重視して、早急に生活保護とは違う形の老後保障など独自の救済策を探るべきである。