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ひろば

第0020回 (2006/04/21)
申立人天野利幸氏に対する山口県弁護士会人権擁護委員会の「決定書」その@

「法と民主主義」407号掲載の天野利幸氏の人権救済申立事件に対し、2006年2月27日に山口県弁護位階人権擁護委員会の「決定」が出されました。事件の経緯については、上記誌面をお読み下さい。「決定書」の全文については、長文のためこの、「広場」の掲示板に掲載いたします。その@、そのAとして、2分割しての掲載となります。ご参考にしていただき、ご意見・ご感想をお寄せ下さい。
                         「法と民主主義」編集委員会
      元家裁調査官・天宮俊幸/元全司法労働組合中央執行委員長・松井憲二
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その@

人権救済申立事件
申立人  天宮利幸殿
平成18年2月27日
山口県弁護士会会長  若 松 敏 幸
人権擁護委員会委員長 中 光 弘 治

決  定  書

第1 主文
申立人にかかる人権救済申立事件を平成14年11月6日受理したが、山口県弁護士会人権擁護委員会規則第16条7号により不処置と決定する。
 但し、当委員会は、山口家庭裁判所長に対し、下記の要望を行なう。

 家事調停委員候補者の任命上申にあたっては、任命上申する場合はもちろん、特定の 自薦他薦の者を任命上申しないという決定に関しても、その適正を担保するため更なる制度改善を検討され、もって任命の公正の確保に努められるよう要望する。

第2 決定の理由
1 調査の経緯等
(一)申立の趣旨(平成17年3月11日付にて申立人から変更された申立の趣旨)
 (1) 山口家庭裁判所長は、申立人が家事調停委員候補者として山口家庭裁判所下関支部長の推薦を受け、勤務希望庁の山口家庭裁判所萩支部に平成14年4月期及び10月期に欠員が生じたにもかかわらず、申立人を候補者として常任委員会に付議せず、その結果最高裁への任命上申手続きを拒否した。この行為は人権侵害につき、山口家庭裁判所長に対し、当委員会より人権侵害と認定される旨の意見を通告し反省を求める警告をされたい。
 (2) 申立人は、上記任命手続拒否の理由の説明を求めたところ、平成14年7月16日山口家庭裁判所長からの回答は「付議しなかった理由を被推薦者にいちいち説明すべき筋合いのものではない」というもので、説明の拒否であった。この行為は人権侵害につき、山口家庭裁判所長に対し、当委員会より任命手続拒否の理由を明示するよう勧告されたい。
(二)調査の経緯
  当委員会は、前記申立に対し、担当委員による調査を開始し、申立人から提出され た申立資料及び追加資料に基づき、申立人の事情聴取をするとともに、山口家庭裁所への文書による照会調査(計4回)を行った。
  前記調査結果による当事者の主張の概要

2 当事者間に争いのない事実ないし証拠から認定できる前提事実
(一)申立人の経歴等
(1) 申立人は、昭和39年3月広島大学教育学部心理学科を卒業し、同年4月山口家庭裁判所の家裁調査官補となり、昭和43年4月山口家庭裁判所下関支部の家裁調査官となった後、昭和62年4月から松山家庭裁判所の主任家裁調査官、平成5年から平 成13年3月定年退職するまで山口家庭裁判所下関支部の主任家裁調査官をしていた が、平成12年4月最高裁長官表彰を受け、同年6月5日開催の第41回山口県女性 調停委員研究会合同研修会において、「子にとっての面接交渉」の演題により、講演 を行っている。
 申立人は退職後萩市に居住している。
(2) 申立人の組合活動
  申立人は、全司法労働組合に加入し、昭和42年から昭和43年にかけて、同組合山口支部下関分会長として、同組合宇部支部に所属し宇部地区国公共闘会議事務局長 をしていた事務官に対する配転撤回運動に関わり、昭和49年には同組合山口支部司 法制度研究運動推進委員長として、山口地方裁判所事務局長の廷吏・タイピスト・事 務職事務官に対する研修における発言内容が不当労働行為であるとして、その責任を 追及する運動に関わり、昭和53年から昭和54年にかけて、職員の「公災認定を勝 ち取り職場の健康を守る会」の会長となって活動し、昭和54年から昭和56年にか けて、同組合山口支部副委員長として、簡易電話交換機導入反対闘争委員会の副委員 長となり導入反対運動に関わり、昭和57年から昭和60年にかけて、同組合山口支 部委員長又は同副委員長として、調査官対策部長を兼任して、「家裁の変質、調査官 の管理強化に反対する」運動の中心となって活動し、松山家庭裁判所の主任調査官と なった後も、非指定管理職員であったため、同組合に組合員として留まり、昭和63 年から平成元年にかけて、松山地方裁判所及び松山家庭裁判所管内の大洲、八幡浜支 部の統合反対運動に際し、学習会の講師を務める等して、同組合の組合活動をしてき たが、山口家庭裁判所下関支部の主任調査官となった後は、指定管理職員であったた め、同労働組合を脱退し、定年を迎えた。
(二)家事調停委員の任命手続についての最高裁判所規則及び事務総長依命通達の内容
(1) 任命権者
 家事調停委員は、弁護士となる資格を有する者、家事の紛争の解決に有用な専門的 知識経験を有する者又は社会生活の上で豊富な知識経験を有する者で、人格識見の高 い年齢40歳以上70歳未満のものの中から、最高裁判所が任命し(民事調停委員及 び家事調停委員規則第1条)、家事調停委員の所属する裁判所は、最高裁判所が定め る(同規則第4条)とされている。
(2) 任命手続
 家事調停委員の任命にあたっては、家庭裁判所は、当該裁判所の家事調停委員とし て相当と認める候補者について、最高裁判所に任命及び所属裁判所の指定の上申をす るものとされ(民事調停委員及び家事調停委員の任免についての昭和49年7月22 日民二第625号事務総長依命通達第1の1)、その上申は所轄高等裁判所を経由し てするものとされ、高等裁判所長官はこれに意見を付することができるとされ(同通 達第1の2)、候補者の選考にあたっては、家庭裁判所は、調停事件の実情を十分に 検討し、家事調停委員の職業、専門分野等の構成が全体として適正なものとなるよう、あらかじめ適切な計画を立て(同通達第2の1)、地方公共団体、弁護士会、医師会、大学、不動産鑑定協会その他適当と認められる団体に候補者とすべき者の推薦を求め るなど、広く社会の各界から適任者を得るように努め(同通達第2の2)、候補者と すべき者については、推薦者及び適当な関係者から、経歴、業績、社会的活動状況等 を聴取するなど、その人物、識見を知るための参考となる事項について調査し(同通 達第2の3)、特に必要がないと認められる場合を除き、候補者とすべき者について、裁判官が面接を行わなければならない(同通達第2の4)とされている。
(3) 家事調停委員候補者について
候補者の有すべき資質等については、@公正を旨とする者であること、A豊富な社 会常識と広い視野を有し、柔軟な思考力と的確な判断力を有すること、B人間関係を 調整できる素養があること、C誠実で、協調性を有し、奉仕的精神に富むこと、D健 康であることとされ(同通達第3の1)、候補者は、調停に対する理解と熱意を有し、かつ、現実に調停事件を担当することができる者でなければならないとされている(同通達第3の2)。
(4) 支部のある場合
家事調停委員が、所属する裁判所に支部又は出張所が設けられている場合において は、当該裁判所がその所属する家事調停委員について、主として勤務を行うべき裁判 所、支部又は出張所を指定することとされている(同規則第7条1項、同通達第4の 2)。以下、山口家庭裁判所が、主として勤務を行うべき裁判所、支部又は出張所を 指定した家事調停委員を、「本庁指定の家事調停委員」等ということがある。
(三)任命手続きの運用に関する通達(平成6年12月20日最高裁判所民二第436号民  事局長、家庭局長、人事局長依命通達)
(1) 家事調停委員の任命は、特に必要がある場合を除き、4月1日及び10月1日に行うものとされ、家庭裁判所は、4月1日任命の者については1月31日までに、10月1日任命の者については7月31日までに、それぞれ上申に必要な書類を高等裁判 所に提出し、高等裁判所は、高等裁判所長官の意見とともに、4月1日任命の者につ いては2月15日までに、10月1日任命の者については8月15日までに最高裁判 所まで提出する。
(2) 家庭裁判所は、本庁、支部、出張所ごとに家事調停委員候補者名簿を作成し、調停委員人事カードの写し、元裁判所職員名簿、集計表を添付して、上申する。
(3) 家庭裁判所は、特に必要がないと認められる場合を除き、候補者から戸籍抄本及び履歴書、身上調書等を提出させ、選考の資料とする。
(4) 調停委員の所属裁判所を変更する必要が生じた場合には、新たに所属することとなる裁判所が名簿を作成し、その写しを添付して上申する。
(5) 家庭裁判所は、調停委員の任命の上申について、最高裁判所から決定の通知を受けた場合には、辞令書を作成し本人に交付し、任期及び主として職務を行う裁判所(本 庁、支部、出張所)を指定する場合にはその裁判所を適宜の方法により本人に通知する。
(四)平成14年7月末日廃止された平成7年3月31日山口家裁総第209号山口家庭裁判所長通達
(1) 山口家庭裁判所長通達においては、家事調停委員となるべき者の候補者の推薦手続等については、上記の規則、事務総長依命通達、三局長依命通達によるほか、上記山 口家庭裁判所長通達によることとしている。
(2) 同通達によれば、家事調停委員候補者の推薦は、本庁家事部の裁判官、支部長及び出張所裁判官(推薦者)が、家庭裁判所長あてに行い、推薦者又はその指定する裁判官は、再任その他特に必要がないと認められる場合を除き、あらかじめ候補者の面接 を行い、事務総長依命通達第3に定める選考の基準に該当するかどうかを審査し、4 月1日付け任命の者については前年の11月15日まで、10月1日付け任命の者に ついてはその年の5月末日までに推薦し、推薦にあたっては、家事調停委員候補者名 簿に、推薦理由書、調停委員人事カード、戸籍抄本、履歴書等を添付して提出するこ ととされ、面接を省略したときはその旨及び省略の事由を家事調停委員候補者名簿備 考欄に記載することとされていた。
(五)裁判官会議及び常任委員会
(1) 山口家庭裁判所裁判官会議は、その規則により、裁判官会議に常任委員会を置くと定め、司法行政事務のうち一定の事項については、これを常任委員会に委任すること としており、重要な意見の上申又は報告に関する事項、法令により家庭裁判所の行う任命指定及び選任に関する事項等は、常任委員会に委任されており、家庭裁判所長は、 常任委員会の構成員であり、かつ委員長として会務を総括することとされている。
(2) したがって、家事調停委員の任命の上申は、常任委員会に付議され、家庭裁判所長は、その委員長として、審議及び議決に加わるが、高等裁判所長官とは異なり、任命 の上申にあたり意見を付することはできない。

3 紛争となった事実及び争点
(1) 平成14年4月1日付けの萩支部指定の家事調停委員についての任命上申
 @ 申立人は、退職前に山口家庭裁判所が実施した「退職後の進路調査」の「調停委員希望の有無」欄に「希望有」と記載して提出し、退職後の住居が萩市であるため、萩支部指定を希望していたが、退職後の平成13年度に家庭裁判所事務局長から萩市の 自宅に連絡があり、下関支部長の推薦を受けたので履歴書を提出するようにとの指示を受け、履歴書を提出した。
 A 山口家庭裁判所萩支部指定の家事調停委員は16名(男性8名、女性8名)であり、その内の男性調停委員1名が元裁判所職員(山口家庭裁判所下関支部庶務課長)であったが、平成14年4月1日山口家庭裁判所本庁指定とされたため、萩支部指定の家 事調停委員は男性調停委員が7名となった。しかし、申立人は同年4月1日付けの同 支部指定の家事調停委員に任命されず、上記の1名は欠員となった。
B 山口家庭裁判所長は、当委員会からの照会に対し、平成13年度に下関支部長が家事調停委員候補者として申立人を推薦し、申立人から履歴書の提出を受けたことを認 め、平成13年11月萩支部が申立人に対し調停委員の欠員が出るので同支部から申 立人について任命上申をしたと告げた事実を否定し、当委員会からの「その頃萩支部 長から所長への任命上申をした事実の有無」の照会に対しては、萩支部長が申立人を 調停委員に「推薦」した事実はないと回答し、その後の当委員会の「任命上申とは、 既に下関支部長からの推薦がなされていたので重ねて推薦はしないが、萩支部の調停 委員として任命して欲しいという希望を山口家庭裁判所長に対して伝えるものとの意 味において、萩支部長から所長への任命上申をした事実の有無」についての再照会に 対し、萩支部長から山口家庭裁判所長に対して、申立人を萩支部の調停委員として任 命して欲しいという希望を伝達した事実はないと回答している。
(2) 平成14年10月1日付けの萩支部指定の家事調停委員についての任命上申について
 @ 申立人が、平成14年4月1日付けの萩支部指定の家事調停委員に任命されなかったため、申立人が加入している山口裁判所退職者の会は、同年6月25日頃、最高裁判所長官、広島高等裁判所長官及び山口家庭裁判所長に対し、申立人を家事調停委員 に任命するよう要請書により要望するとともに、日本弁護士連合会会長及び山口県弁 護士会会長に対し、裁判所に調停委員任命の公正と任命基準の公開を求めるよう書面 により要請し、管内の全裁判官に対しても書面により、申立人を家事調停委員に任命 するよう要望をしたが、同年7月15日開催の山口家庭裁判所常任委員会に付議され た家事調停委員候補者名簿には申立人が記載されず、家事調停委員候補者名簿の萩支 部指定の5人としては、再任者4名と新任者1名が記載され、家事調停委員新任候補 者名簿には、徳山支部所属1名、萩支部所属1名、下関支部所属4名の計6名が記載 されていたものの、申立人は記載されていなかった。
 A この点について、山口家庭裁判所長は、当委員会に対し、推薦者(本庁家事部の裁判官、支部長及び出張所裁判官)から家事調停委員候補者として推薦を受けた所長が、諸般の事情を考慮した上で、同候補者を常任委員会に付議するかどうかを判断していたとし、申立人についても、当時の所長が同様に判断したと回答し、諸般の事情を考慮するとは、各庁の事件数、調停委員の人数、年齢・男女の構成や調停制度が司法へ の国民参加の制度であること、調停委員候補者について、社会生活上の豊富な知識経 験を有しているか、調停委員としてふさわしい人格、識見を備えているか等々の観点 から総合的に検討、判断するということであるとしている。
 B なお山口家庭裁判所萩支部指定の新任者1名は、性別は男性であり、職業は土地家屋調査士、年齢は不明であり、この者は山口地方裁判所萩支部指定の民事調停委員であり、上記常任委員会の議を経て上申された山口家庭裁判所の任命上申に基づき、同 14年10月1日付けで家事調停委員を兼任することになった。
(3) 申立人の人権侵害救済申立
  そのため申立人は、家事調停委員の任命にあたり、申立人が在職中全司法労働組合へ所属し、労働組合活動をしてきたこと等を理由とする差別的取り扱いにより、人権 を侵害されたとして、平成14年11月6日山口県弁護士会に対し、人権侵害救済申 立をするに至ったものである。


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